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Home>> MINDAN 文化賞 2007年度受賞作品集
 

『駐日大使特別賞』

「在日の高齢者問題と孝道」 (金升子/女/大学准教授/栃木県)

 在日は恵まれ豊かに育った者より、貧しい家庭で苦難の多い両親に育てられた者が少なくない。そんな中でも、良い生活が可能になれば親孝行したいと誰もが熱望している。

 しかし成人し家庭を持つと子供の教育や家族の生活が優先され老親は冷遇される。老親に介護が必要な事態になると、自分の生活基盤が脆く家族を支えるのが、やっとの者は親の生活を支え共に暮らす事も出来ず悩む。記憶の中に自分を育てた親の苦難の人生が張り付いているだけに苦しく、悲しく切ない。同居しても、認知症が有る老親の介護に疲れ果て、仕事が出来ずに生活苦で共倒れになる。その為に親に暴言を吐き、自己嫌悪を感じて鬱的になる者もいる。孝行が出来ないことで兄弟がもめる。私は看護師経験があり医療福祉係の大学で教員をしているので、同胞の友人から病身の親の相談をされる事が多い。

 私の初介護体験は、高三で母・尹必女が死去した時である。母は癌の末期で、死ぬ前の一週間を子供と過ごす為にT県の国立病院から帰宅した。家には高3の私、小学校低学年の妹2人、4才の誕生日を迎えたばかりの弟がいた。母に抱かれながら弟は一週間後の死別も知らず無邪気に笑った。私は高校を休み看病をした。父との不和で兄と姉は家には寄りつかなかった為、ついに生前の母に会えなかった。意識がある時に母は「二人に会いたい」。特に兄に「会いたい!」と哀願したが父は聞き入れなかった。兄は通夜には間に合い葬儀には出席できたが、姉は葬儀も終わり火葬され骨箱の母に一週間後に会えただけである。

 その兄と姉は韓国生まれであるが、日本で暮らしていた父と家族が一緒に生活するようになったのは昭和20年に私が神戸で生まれた時からである。その後は、北関東の村に移転した。私は自分の存在を学校の悪童が投げる「チョウセンジン」という罵声と投げられた石で気付かされた。石が顔に当たり血を流して帰ると母は「アイゴ!女の子が顔に傷をつけられて!」と嘆いた。当時、住んだ那須郡狩野村、家の左手には小川が流れ、裏手には那須山脈が見える景勝の地で父は稲作と養豚を始めた。母は腰骨が折れるほど働き、43才の若さで死んだ。血と汗と涙の苦労の人生であった。特に兄が大学に在学中は、赤貧と不遇の時代と重なり暗い内に起床し脱穀した米を売って学費とする為、私も未明に起きそれを手伝い、父母と明けの明星を何度も見た。ドラマでチャンググムが鞭で母親に叩かれる場面を見た時、私も幼い頃、鞭で母に叩かれたのを思い出した。あれは愛の鞭であった。足の痛みが懐かしく、孝行が十分にできなかった母を思い心が痛んだ。

 父の金正玉は、私がJ医大付属病院で看護師長の時、肺癌の術後に肺炎で亡くなった。遺言通り遺体を韓国に運んだ時、釜山で航空便の貨物室から降ろされるのを待ちながら、孝道を果たすべき親が喪失したことを実感した。病名を偽って手術を受けさせたことも悔やまれた。死後に気付いたが、父は病名も予後も承知していたようである。韓国の資産は、生活能力のない妹がすべて相続出来るよう処理をした上、自分の山墓も用意し、事前に葬儀の仕方にも指示が有った。両親の最期の処し方は私も見習いたい。

 ある日、勤務先であるJ医大の治験薬事務室で来院予定患者の名前を確認していると、求急部から電話が来た。「患者の処置をしたいのだが、言葉が通じないので通訳をしてほしい」。患者は女性で、刃物による刺し傷と思われる腹部から多量の出血が見られる。事件なのか事故なのか不明な為、警官も待機している。その女性は「アイゴ!アイゴ!」と泣き叫ぶばかりで周囲の日本語の質問には応えない。医師からは「とりあえず処置するので、説明し同意を得てもらいたい」と促された。私は女性の手を握り、韓国語で「どうしたのですか?お腹の傷は誰かに刺されたのですか?それとも何か事件に巻き込まれたのですか?今から医師が処置をしますよ」と質問し説明をした。「アイゴ!」と泣き叫ぶ声が静まり、女性が話し始めた。「誰かに刺されたのではない。自殺しようとした。日本に来て店を借りてエステの仕事を始めたが商売がうまくいかない。その上、息子が軍隊に入隊する連絡が来た。その前に会いたいと思い息子のビザを申請したが通らず、悲しくてどうにでもなれと自棄を起こした」と語った。女性の話を医師や警官に説明し、腹部の刺し傷を見るとかなり深い。医師は肝臓に近い場所まで達していると処置しながら話した。母が生きていたら兄の為に激情に駆られて同じことをしただろうか?彼女の手を握り締め、母に孝行出来なかった分、この人の役に立てるならば幸せだと感じた。

 かつて、朝鮮人と虐められた私は通信教育で大学を卒業し、その後は大学院で学び「先生は外国人なのよね。かっこ良い!」と学生から言われる。本名の使用を厳命し続けた父は、金海金氏の私が在日の立場で大学教師をしているのをどう思っているだろうか。

 私は最近、生命は父母からの借り物であると感じている。40代で死亡した母よりも20年生き延び還暦を迎えた。70代で死亡した父の年には、あと10何年有る。父母に親孝行が出来なかったので、同胞や両親と同じ世代の高齢者の為に社会的な発言や支援をしたい。あの世で父母に対面し生命を返す時は、これが両親への孝道になるのではないかと考えている。

 在日の高齢者の介護や無年金問題では、孝道を果たせず悩み苦しむ多くの無名の同胞とその家族がいる。民団新聞には、専門家による『相談センター』が稼働しているが、資産の管理等の相談が主で、前述の問題で悩む人は何処の誰にどのように相談すれば良いのだろうか?資力のある人、知識・技術のある人は解決策を講じられる。不遇な在日高齢者の問題を他人毎と傍観せず、皆で解決策を検討すべきではないだろうか?発言の場も待たず日々の生活に追われ、孝道問題に悩む無力な方々の為に私が代弁をしました。

 
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