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フラッシュ同胞企業人(21) キムチづくり半世紀
2008-04-16
1974年東京・上野生まれ。米バーバンクハイスクール卒。ホテル専門学校卒業後、英国でホテルなどに勤務。03年韓国家庭料理「満奈多」代表、05年第一物産社長に就任。独身。
母娘2代 本物の味追求
第一物産の黄恵蘭社長
在日同胞多住地域として知られる東京・東上野。焼肉店や韓国食品、チマ・チョゴリの店が軒を並べる。その一角で手作りのキムチを販売するのが第一物産。1960年の創業で、半世紀近い。
オモニの信念で
「今は亡きオモニの姜恩順が、若い時からすべて仕切ってきた。そのオモニが信念としたのが手作りの味。キムチを作る人のぬくもりが手から伝わるものだ、とよく教えられた」
「白菜は日本産、唐辛子は韓国産」にこだわる。白菜キムチの味の決め手は、白菜の良し悪しにかかっているからだ。割高でも高原野菜の農家と年間契約で仕入れる。
創業当時、顧客はほとんどが同胞だった。「日本人がキムチに関心を持ち始めたのは、1988年のソウル五輪前後。キムチの需要が急速に増えた」。
87年の松が谷工場を手始めに、92年に竜泉物流センター、2000年に野田工場を、相次いで首都圏に設立した。03年には福島県の白河工場でナムルの生産を始めた。韓国食品の発送先は北海道から沖縄まで。
「食品の衛生管理は工場の入口から出口まで徹底管理している。原材料のサイバー履歴にも万全を尽くし、安心・安全な食品づくりに努めている」。社員は180人余、07年度売上額は約23億円。
社員に支えられ
「幼いころのオモニの記憶といえば、玄関を出る時の後姿。自分は工場のハルモニたちに育てられた。オモニは時間があれば、社員の家族や取引先、教会の知人など、常に誰かのために行動していた」と語る。
「今日あるのは、生涯、韓国食品の普及に尽くしたオモニが築いた信用のおかげ」と強調する。3年前、突然に倒れ、帰らぬ人となった。心身ともに疲れ、ボー然としていた時、社員たちが「自分たちが支えるので頑張って」と励ましてくれた言葉に勇気づけられた。
「第一物産のために人生を賭けている社員がいることを知った。これこそ先代が残してくれた大きな財産」と実感した。「オモニが命をかけて守り続けた会社を、今度は自分が守らなければ」と決意した。
「これでいいのか、常に疑問を持て」。オモニからよく言われた言葉だった。
組織力を強くするためにはどうするか。社員一人ひとりと面談した。「皆が会社に対して、人生に対してどう考えるのか。自分にとっていい勉強になった」。職場が離れているので、共通目標の共有が大事だと考えた。そこで次のような経営の心得を作った。▽共に学び、追求し、改善する▽信頼され、愛され続ける商品づくり▽安心・安全な商品づくり▽挑戦し続ける精神−−。
「キムチに保存料を使ってないので酸っぱくなりやすいが、それが本当に熟成したキムチ。健康にいいことをもっと広報したい」。また、「セロリー、トマト、ラッキョウ、ゴーヤなど旬な野菜を材料にしたキムチにチャレンジしたい」と抱負を語る。
「オモニからは、目の前に見えることがすべてだと思うな。視野を広げよ」と教育された。高校から米国に行き、ドイツや韓国にも行かせてくれたことに感謝する。
韓国では必ず市場に立ち寄る。「オモニがたどったところを歩いてみたい」。母娘2代にわたる味の追求は続く。
(2008.4.16 民団新聞)
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