民団新聞 MINDAN
在日本大韓民国民団 21世紀委員会
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21世紀委員会
 

「第1回未来フォーラム」での各部会の中間報告内容

 

−基調講演−<外国人参政権と国籍取得法案>


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1、はじめに

 現在、与党三党(自民党・公明党・保守党)は、永住外国人に対し地方自治選挙権を認めることで合意し、国会に法案を提出しているが、自民党内に同法案に反対する議員が多く、法案は可決されることなく継続審議となっている。

 今秋に開かれる予定の臨時国会で法案が通過するかどうか予断を許さない状況であり、被選挙権については、選挙権獲得後の課題として残されている。

 このような状況下、外国人の地方選挙権法案に関連して、同法案に反対する議員等が中心となって特別永住権者に日本国籍取得を簡易化しようとの動きが自民党内等にあり、今年5月9日には「国籍取得特例法案」が日本の新聞紙上等に報道された。

 「国籍取得特例法案」は、外国人選挙権法案が継続審議になったことにより、国会に上程されることなく終わったが、外国人選挙権法案が国会で論議される状況になると、再度議員立法として国会に上程される動きが出てくるものと予想されるので、同法案に対してどのように対処すべきかについて整理しておく必要がある。


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2、在日コリアンと日本国籍

 在日コリアンの日本居住は、日本の朝鮮に対する植民地支配に起因する。植民地支配は1910年の「韓国併合ニ関スル条約」により法的に完成するが、日本は、同条約で韓国国民が日本国民となったものと解してきた。植民地統治法制下に、創氏改名、日本語常用、皇国臣民の誓詞斉唱等を強制したことや、徴兵、徴用等で戦争に動員したことは、いずれも朝鮮人が日本国籍を有するとされたからに他ならない(その反面、日本居住の朝鮮人には選挙権・被選挙権が認められた)。

日本の敗戦は植民地支配の崩壊をもたらし、サンフランシスコ講和条約により日本は朝鮮の独立を承認した。法務府民事局は、1952年4月19日、民事局長通達(民事甲第438号)を発し、「条約発効の日から…朝鮮人及び台湾人は、内地に在住している者を含めてすべて日本国籍を喪失する」とした。

民事局長通達による日本国籍喪失措置は最高裁判所により違法ではないとされたが、国籍選択権が認められなかったことや、法律ではなく民事局長通達によってなされたことから、国際慣習法及び憲法上の法的疑義がある。

 しかし、韓国や北朝鮮政府のように韓国併合条約が当初から無効であるとの立場に立てば、国籍の原状回復は当然のこととなる。韓国では1948年12月20日に、北朝鮮では1963年10月9日にそれぞれ国籍法が公布施行されたが、南北いずれの国においても、韓国併合条約が当初から無効であるとの前提の下に、自国民が確定されている。

 朝鮮人は、韓国併合以前から日本の植民地侵略に対し、義兵闘争、独立運動等を持続し、独立すれば本来の国籍を回復することを当然と考えていた。在日コリアンもまた、朝鮮国籍の回復は当然のことと考え、韓国併合条約によって強要された日本国籍を戦後も保有しつづけるとの考えに与しなかった。

 在日コリアンが、戦後ほどなくして、韓国の在外国民登録を済ませた者を団員とし、大韓民国の国是遵守を綱領に掲げた民団と、朝鮮民主主義人民共和国政府の周囲に総結集することを宣言する朝鮮総連の二大組織を構成し現在に至っていることも、そのような歴史認識に由来するものであり、彼らは総体としては日本国籍喪失措置に異議を提起しなかった。


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3、日本政府の歴史認識と差別的同化政策

 日本政府は、植民地支配なかりせばそうであったであろう状態に朝鮮人の国籍を戻すとの原状回復の論理により在日コリアンの日本国籍喪失措置をなし、最高裁判所はこれを合法としたのであるが、それは結果的には日本国籍がないことを理由とする在日コリアンに対する広範囲な法的差別をもたらし、植民地支配によって在日コリアンが被ったもろもろの被害を実質的に回復し、彼らの民族性を保障することとは全く逆の機能を果たすことになった。ここに日本国籍喪失措置が原状回復ならぬ権利(国籍)の剥奪であると批判される理由がある。

 在日コリアンの国籍差別に対する抗議に対し、日本社会から差別が嫌なら国に帰るか日本に帰化すればよいとの反論がなされた。また社会生活においては、民族差別を受けたくなければ通称名(創氏改名に由来し、戦後も創氏を通称名とする者が多い)の使用等日本人らしく振る舞うことが要求された。

 このような同化的帰化政策の結果、現在まで24万名を超える在日コリアンが日本に帰化をしたが、そのほとんどは日本的氏名で帰化をし、自らが朝鮮人であることを隠している。

 帰化者のほとんどが朝鮮系少数民族であることを公にしない現状では、彼らの民族的少数者としての文化や言語、アイデンティティは、行政上も教育上も全く保障されていない。このような同化的帰化制度に対し、在日コリアン社会は強い拒絶反応を示してきた。


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4、国籍差別との闘い

 日本の同化的差別政策に対し、在日コリアンは自らの民族的アイデンティティと人権確立のために国籍差別撤廃を掲げて闘ってきた。

 国籍差別は、日韓法的地位協定等の本国政府と日本政府との外交交渉、訴訟、請願活動、言論・示威活動等の在日コリアン自身の運動、国際人権規約や難民条約の批准等、日本に押し寄せる国際化の圧力等により是正されてきた。

 例えば、社会保障の分野では、国民健康保険の適用(1965)、住宅金融公庫法(1980)、公営住宅法(同)、住宅都市整備公団法(同)、地方住宅供給公社法(同)に関する国籍条項の解釈変更、国民年金法(1982)、児童扶養手当法(同)、特別児童扶養手当法(同)、児童手当法(同)等からの国籍条項の撤廃が実現した。

 また、職業選択権の分野では、日立製作所就職差別裁判の勝訴(1974)、司法修習生の採用(1977)、国公立大学の教授任用法案の成立(1982)、国公立小中高校教員採用試験における全国的規模での国籍条項の撤廃(1991)、地方自治体公務員採用の拡大等、就職における国籍条項が徐々に撤廃されてきた。

 さらには、1980年代の指紋押捺拒否運動により、外国人登録法の指紋押捺制度も1990年代初には撤廃された。

 このような外国人差別反対運動の延長線上に、国籍保持者にしか認められないと考えられてきた参政権につき、地域住民の立場から、地方自治体参政権獲得運動が展開されて現在に至っているわけである。


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5、覊束的日本国籍取得制度

 日本国籍の取得は、出生による取得と帰化による取得に分けられる。出生による取得は父もしくは母のどちらかが日本国籍者である場合に、日本国籍者から生まれたという事実そのものによって取得できる権利であり、法務大臣の自由裁量が入り込む余地がない。

 これに対し、帰化による日本国籍取得は、帰化者がいかなる条件を備えた者であっても、その許可をするか否かは法務大臣の自由裁量に委ねられている。

 かつての帰化行政において、帰化案内書等に帰化後使用する氏名として日本式氏名を用いることと記載されていたことに象徴されるような同化的帰化行政が行われてきたこと等も、帰化が法務大臣の自由裁量下におかれているからこそ可能であったといえる。

 日本国籍取得が、法務大臣の自由裁量による帰化ではなく、在日コリアン側の意思表示により可能となれば、日本国当局側が帰化に関し様々な条件を付することができなくなり、日本国籍取得の権利性はより高まる。従って、帰化とは別途、特別永住者に対し権利性の高い日本国籍取得制度を創設すること自体については、一般的には反対する理由はない。

 しかし、それが外国人としての権利の獲得を制限もしくは妨げる意図でなされる場合は別である。今回、地方選挙権を永住外国人に認めようとする法案に関連して自民党内で検討されている国籍取得要件の緩和は、永住外国人に地方選挙権を認める法案の代替案として持ち出されようとしているものであり、その動機に対し反対せざるを得ない。

 日本において特別永住者に対する覊束的国籍取得制度(一定要件を満たした場合には日本当局の裁量の余地なく国籍取得を認める制度)が論じられる場合には、サンフランシスコ講和条約発効を口実とした日本国籍喪失措置及びその後の国籍差別による同化政策が誤りであったとの認識が基本になければならない。

 そのような基本認識にたてば、国籍取得制度の創設は、法務大臣の自由裁量下の帰化要件の緩和ではなく、特別永住者の届出や特別永住者の子孫として日本で出生した事実のみで当然に日本国籍を取得できるとする等の覊束的なものでなければならない。

 また、それは単なる日本国籍の覊束的取得制度の創設のみにとどまってはならず、戦傷病者戦没者遺族等援護法等の戦争犠牲者援護立法の適用や、国民年金法の国籍条項撤廃時に経過措置の不備により発生した高齢者や障害者の無年金状態をなくす等、国籍差別による不利益状態を遡及的に消滅させる経過的措置が伴わなければならない。

 さらに、同化的帰化政策のため、日本国籍を取得し、法的平等が実現されたからといって、コリアンとしての民族的アイデンティティが保障されているわけではないので、言語・歴史等コリアンとしての教育を受ける権利の保障や、雇用促進、文化振興策等、日本籍コリアンとしてのアイデンティティが保障される総合的施策・制度が作られなければならない。

 この点、「国籍取得特例法案」が民族姓を使用しての日本国籍取得を認めたことは、当然のことと評価できる。しかし、日本国籍を取得すれば日本に戸籍がつくられるが、夫婦別姓制度を認めていない現行日本法制下では在日コリアンにも夫婦同一姓にすることが要求されることになるのではないかと憂慮されるところ、これは朝鮮(韓)民族の姓制度に関する文化伝統に反するので、夫婦別姓の容認も検討されなければならない。

以上のような内容の覊束的日本国籍取得制度が実現したとしても、それが外国人の権利を制約する根拠として利用されることがないようにする歯止めが必要である。日本国籍を取得しても朝鮮(韓)民族を表示することが可能となれば、国籍差別が同化につながるとの批判は避けられ、あえて外国籍でいることを選択する以上、国籍差別を甘受すべきであるとの論理に逆用される危険性があるからである。

現在提唱されている「国籍取得特例法案」は、まさに外国人地方選挙権法案を可決させないための代替措置として国会に上程されようとしているものであり、そのような目的のために同法案が提出されることについては反対せざるを得ない。

 最後に覊束的日本国籍取得制度が創設され、特別永住者の意思等により日本国籍が取得できることになった場合に、韓国国籍や朝鮮国籍にいかなる影響を及ぼすかについても検討が必要である。

 例えば、韓国国籍法は、自己の意思で外国国籍を取得した者は韓国国籍を喪失すると規定しているので、日本が特別永住者の意思表示により日本国籍を取得できるとの制度を設けた場合、そのような制度により日本国籍を取得した者は韓国国籍を喪失すると考えられる。これにつき韓国政府が韓国国籍の存続を認めるような措置をとるか否か、在日同胞側が韓日二重国籍の容認を要請するか否かといった問題も派生することに留意しなければならない。


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6、在日コリアンと国籍意識

 在日コリアンの存在は言うまでもなく、日本の植民地統治に由来する。日本の侵略的なナショナリズムに対し、朝鮮(韓)民族は民族の尊厳を維持するために、日本のナショナリズムと闘い、独立を勝ち取り、国家建設に邁進してきた。

 解放後、在日コリアンは南北分断という厳しい政治状況下におかれたにもかかわらず、本国の国家建設のために努力を重ねてきた。大韓民国の国是遵守を掲げる民団と、朝鮮民主主義人民共和国の周囲に総結集することを宣言する朝鮮総連との二大組織に分かれて、本国建設に寄与してきたのも、独立建国型の国民意識、国籍意識が根底にあったからに他ならない。在日コリアン一世はこのような独立建国型の国籍意識を自らの民族的アイデンティティの拠り所としてきたといえる。

 朝鮮戦争(6.25動乱)、北朝鮮帰還、韓・日条約締結といった南北分断状況を直接的に反映した政治的問題が一段落した60年代後半以降、国籍と民族を一体視した国籍差別による同化政策に対し、在日コリアンはその民族的尊厳維持のために国籍差別を打破する努力を重ね、現在は地方参政権実現を要求する程度にまで、国籍差別を是正させてきた(それは日本人の歴史認識を変えさせることでもあった)。

 それは、日本における内外人平等を実現させる役割を在日コリアンが担ってきたことをも意味するが、国際化、内外人平等が一段と進展することが予想される21世紀にあって、在日コリアンが地方参政権や公務就任権の獲得等内外人平等社会の実現をめざすことは、今後ますます揺らいでいくであろう国民主権国家の枠組みを崩していく存在になろうとするものであり、積極的に評価される。

 国籍を韓国あるいは北朝鮮(統一後は統一国家)に置き、日本に永住するコリアンは、本国と日本を国籍や民族による差別のない社会としていく点において重要な架橋的役割を果たせる存在である(日本における外国人地方参政権の動きに触発され、韓国政府が国際化のために2002年までに韓国に5年以上居住する外国人に対し地方選挙権を与えるとの政策を打ち出したことはその一例)。

 日本で生育した在日コリアン二世は、独立建国型の国籍意識よりは、日本社会の同化的民族差別に対し、帰化を拒否し、本国国籍を維持するという反差別型国籍意識に民族的アイデンティティを求めてきたといえる。

 その一方で、現在すでに24万人を超える帰化をした在日コリアンがおり、30万人を超えると推算される在日コリアンと日本人との婚姻により生まれた日本籍在日コリアンがいる。

 1985年の日本の父母両系主義への国籍法改正以後、日韓・日朝二重国籍の出生者が多くなっていたところ、1998年には韓国の国籍法も父母両系主義に改正されたことから、日韓・日朝の二重国籍の出生者数は一層多くなり、現在では1年に約3500人の韓国・朝鮮籍出生者に対し、7000人の日韓・日朝の二重国籍者が誕生している。

 また、ここ数年帰化をする在日コリアンの数は毎年約1万人に増えている。

 日本は1985年の国籍法改正時に戸籍法も同時に改正し、それまで認められなかった日本人配偶者の姓を外国人配偶者の姓にすることや、その間に生まれた子の姓を外国人父または母の姓に変更することが認められた。日本の戸籍上に外国姓が認められることになり、戸籍で縛られてきた単一民族国家観にも綻びが生じた。

 かつてのように、職業選択や社会保障等社会生活に緊要な権利が国籍条項により広範囲に制限された結果、自己の能力の開花や希望の実現が堅く阻まれていた時代と比較して、コリアンであることを表示しながらも相当程度に能力に応じた自己実現を図ることができるようになった状況下では、国籍と民族の関係についても、従前の独立建国型国籍意識や反差別型国籍意識とは違った自己実現型国籍ともいうべき意識が生じている。国籍を変更してはならない絶対的概念としてとらえるのではなく、自己実現のためには自由かつ便宜的に国籍を変更してもいいのではないかという考えである。

 国籍差別の緩和と民族姓を使用しての帰化の許容に象徴されるような、日本国籍を取得したとしても必ずしもコリアンとしてのアイデンティティを否定されるわけではない状況下では、本国国籍と日本国籍のどちらがより在日コリアン個々人の自己実現に資するところが大であるかという功利的観点から国籍を選択しようとの考えが出てくる。

 今後の在日コリアン社会を担う三、四世以降の世代には、自己実現型の国籍意識が一層強まるであろうと考えられるが、そのような状況下では、日本国内における在日コリアンの法的権利のみならず、本国における国政参政権行使の実現に象徴されるような、在外国民としてのあるべき法的権利義務に対する本国の法制度の整備も必要となる。


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7、在日コリアン組織と国籍

 解放後56年が経過した現在、在日コリアン社会も一世から四世、五世を数えるにいたり、国籍意識に関しても、解放直後の独立建国型意識から、反差別型国籍意識、自己実現型国籍意識の三つが併存している。

三つの国籍意識は、祖国への関心、日本国籍取得をめぐり、時として対立の様相を見せる場合もあったが、在日コリアン社会の発展のためには、三つの国籍意識が互いに排斥しあうことなしに調和をとるよう努めることが必要である。

 民族と国籍は本来異なる概念であり、日本国籍を取得したからといって朝鮮(韓)民族でなくなるわけではない。従前在日コリアン社会は、同化的帰化制度に対する強い拒絶反応から、日本国籍取得者をコリアン社会に包容していく寛大さに欠くきらいがあったが、今後は日本国籍在日コリアンの民族的アイデンティティ養成にも関心を抱き、彼らが組織活動に積極的に参与できるよう既成組織の規約や綱領改正にも着手する必要があろう。

 在日コリアンの存在は、日本の侵略的ナショナリズムと朝鮮の抵抗的ナショナリズムの衝突により生まれたといっても過言ではないが、祖国を朝鮮(韓)半島におき、日本に居住することが動がし難いものとなった現在、在日コリアンの役割は、日韓・日朝双方のナショナリズムの衝突を止揚し、相互理解を促進する架橋の役割を果たすことにある。

 それは、両国間に平和が維持されてこそ可能である以上、在日コリアンは、朝鮮に対する植民地支配や、アジアに対する侵略への反省と戒めの結果生まれた日本の平和主義憲法下に生きる歴史の証人・平和の体現者であることを自覚し、自らの定住外国人、民族的少数者としての個の尊厳とアイデンティティの確立に努め、居住国日本のみならず、本国である韓国及び北朝鮮に対しても、外国人や少数民族に対する内外人平等原則の実行を求めることにより、歴史における牽引者的役割を果たすことが求められている。


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