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LET'S GO 新成人<男子篇>ルーツでつながる在日の仲間に共感
LET'S GO 新成人


通訳として海外貢献

李宗浩さん(愛知県生まれ・名古屋外国語大学2年)
 高校生の時、朝鮮奨学会のサマーキャンプに参加したとき初めて在日の友人ができました。その友人の誘いで民団の学生会に参加するようになり、さらに多くの同胞学生との出会いがありました。

 在日韓国人だと自覚したのは小学生の頃でした。李という韓国名で学校に通っていたこともあり、友人たちから「君はハーフ? 韓国人?」と言われた時でした。

 また、高校生になり、学校の奨学金担当の先生から朝鮮奨学会の制度を勧められて応募しました。その対象者とかを確認したところ、「なるほど、在日韓国人だからか」と在日韓国人としての意識が確立されました。

 今、在日韓国学生会の活動に参加していますが、知り合った仲間たちとの友情やつながりを大切にし、さらに絆を深めたいと思っています。そして二十歳を迎えるにあたって、目標は母国語でもある韓国語を習得することです。

 子どもの頃の夢は通訳士になることでした。父が韓国籍、母がフィリピン籍ということもあり、幼い頃から何度も海外へ行っていたこともあり、言葉で困っている人を助けたいと思ったからです。

 いまでもその夢は一緒です。母の母国であるフィリピンは過去、日本から多くの支援をもらったと聞き、自分も途上国に貢献したいと考えています。その為にも世界共通語である英語を通して国際問題やビジネスなどを最適な解決・答えに導く推進力を備えたグローバルな人材になれるよう努力していきます。


長期海外留学をめざす

禹憲哉さん(愛知県生まれ・立命館大学2年)
 両親ともに韓国人であったことから、両実家での法事は全て韓国式のチェサを執り行っています。このチェサが日常生活で自分が韓国にルーツがあると自覚できる唯一の場だったと感じています。

 民団のイベントに参加したのは昨年の母国サマースクールが初めてです。きっかけは、生まれてから一度も韓国に行ったことがなく、ただ何となく行ってみようかなと、軽い気分で参加したのが正直なところです。

 でも、出会ったのは自分と同じ境遇の仲間たちでした。それまで、民団関係のイベントに参加している学生は、みんな韓国語をネイティブのように話し、もちろん本名で生活している子たちがほとんどだと思っていました。実際にはそのような子だけでなく自分と似たような子が多数いることを知り、予想以上に親近感が湧きました。もともと人と話すのが好きな性格もあり、もっと多くの在日の仲間と出会いたいと感じました。

 子どもの頃から、海外に興味を持っていて、漠然ながら将来は日本を飛び出して海外で仕事をしてみたい、と決めていました。特に英語圏。長期海外留学を目指しています。

 私は大学でプログラミングを専攻しています。貿易の仕事にも興味があり、海外留学は貿易の知識を学ぶことも目的です。好きなことを仕事にするために、IT業界の貿易事業、特に世界中にその技術を貿易している場所に属したい。


刺激受け「在日」を意識

安有真さん(兵庫県生まれ・長崎県立大学2年
 子どもの頃は家でトックやチャプチェなどの料理が出ていたので「なんとなくまわりとは違うのかなぁ」とぼんやり思っていました。

 同胞と深く関わるようになったのは大学1年に参加した民団の母国サマースクールで、そこで自分と同じような境遇の友だちや先輩たちと出会い、日本人ばかりの環境で育ってきた自分にとって視野を広げるいい経験になり、「在日」であることを意識するきっかけにもなりました。

 わたしは日本国籍ですが、韓国にルーツがあるという事実は変わらないし、だからこそ知り合えた同胞の仲間がいることを誇りに思います。そんな仲間たちとはこれからも永く付き合っていきたいと感じています。夢をしっかり持っている人が多く、自分にとっても刺激になりました。まわりに負けないように部活や勉強など、今しかできないことを全力で取り組んでいきたい。また、民団の行事に参加して同胞仲間の輪を広げたい。

 今大学では経営学部で、主に経営戦略、経営組織について学んでいます。将来はそれを活かして幅広く活躍したいと思います。


会計士資格取得に全力

劉京旻さん(茨城県生まれ・明治大学1年)
 子どもの頃、祖父母が韓国に住んでいるので両親と一緒に年末や休暇中に里帰りの感じで韓国に行っていました。いま思えば両親の優しさだったんだなと思っています。

 韓国人としてのルーツに自覚を持ち始めたのは小学生になってからです。民団のオリニジャンボリーに参加して自分と似た境遇の友人に出会えたことが大きなきっかけになりました。

 オリニジャンボリーは「在日」であると痛感したひとつの大きな転機でしたが、やはり母国サマースクールが決定的だったと思います。自分自身、少しずつ成長し、考えるようになって、参加した全国の仲間たちと意見を交わしたりすることでより「在日」に関心を持ち始めました。

 今後日本社会で生きていく上で、少なからず在日の仲間の助けが必要になると思っています。青春時代の中でまず自分が大切にしているのはコミュニティの拡大と友人作りです。自分は兄弟がいないので、また一段とそこには力をいれています。

 国籍に関係なく努力次第で資格取得が可能なので、大学の講義も簿記や会計士に関するものを優先的に受講しています。


共同体の枠を広げよう

金勇利さん(埼玉県生まれ・明治学院大学2年)
 韓国で幼稚園に通いつつ、日本と韓国を往来しながら2〜3年間をほぼ韓国で暮らしていました。日本に帰国後、東京韓国学校に入学しました。新定住者や駐在員の子たちが圧倒的多数派であったため、入学当時、韓日関係が独島問題などで悪化していたことから、日本語を話す私を「日本人」だと決めつけ、いじめを受けました。

 しかし、韓国語が流暢になりはじめると、そんないじめは徐々に減りました。

 その後、高校からは日本の私立に入学しましたが、韓国名を使用したことから、「韓国人」を揶揄したちょっかいを受けることがありました。

 その時、自分自身に強い違和感を覚えました。自分は韓国人社会では、「日本人」扱いされ、日本人社会では「韓国人」扱いされるという矛盾に気づき、私は「在日韓国人」なのだというアイデンティティーに目覚めました。

 大学に入学後、韓国学生会に参加するようになり、そこから「在日韓国人」のコミュニティに入るようになりました。

 在日韓国人だけではなく、韓日両国の人と関わりを持つ必要があります。日本人・韓国人・在日のコミュニティとして活動していきたいです。


自己の可能性を模索中

余幸輝さん(神奈川県出身・慶応大学2年)
 小さい頃から、韓国にはよく行き、祖父のお墓参りや親戚に会っていたので韓国人だという自覚は持っていました。

 在日としてのルーツを認識したのは、大学1年の夏休みに参加した民団の母国サマースクールでした。その時まで、在日韓国人も普通の韓国人と何ら変わらないと思っていましたが、歴史や周りの参加者たちの体験談などを聞き、明らかに本国人と在日は違うことがわかり、そこが僕の中で「在日」としての始まりでした。

 在日の仲間たちと知り合ったきっかけも母国サマースクール。先輩たちがとても良い人で、その人たちとの出会いがなかったら、今の僕はないと思います。将来の夢はまだ決まっていませんが、海外の仕事を含め色々な可能性を探し、目標に向かって進みたい。


映像制作の分野に進む

徐世龍さん(埼玉県生まれ・尚美学園大学2年)
 幼いとき、パヂ・チョゴリを着させられたり、法事の時は韓国のしきたりでやっていたので、韓国人だとは意識していました。中学から高校まで、東京韓国学校に通い出してから、さらに自分は韓国人だなと強く自覚し始めました。

 大学生になってから、学生会に誘われ各種イベントに参加し、在日の友人が次々とできたことで「韓国人として堂々としていいんだ」と思えるようになりました。

 将来の夢はドラマや映画制作に関われるような職に就けたらなと思います。そのために、学校で色々と勉強をし経験をして色々なものを吸収していきます。
 


引き継いでいく整体師

李韓秀さん(東京都生まれ・新宿鍼灸柔整歯科衛生専門学校2年)
 私は小さい頃から日本に住みながらも祖国によく行っていたので自然と韓国人だと自覚していました。

 ただ、在日というルーツに自覚を持ち出したきっかけはオリニキャンプやサマージャンボリーなど、民団のイベントに参加するようになってからでした。それ以来、意識が高くなったのか、「在日」という事を日本の友人たちにも話すようになりましたね。

 今後も民団や祖国とも関係を切らさずに大切にしていきたいです。二十歳という大きな節目でもあり将来に向けてひとつずつ積み重ねて行きたいと思います。

 実家が整体を経営しており、子どもの頃から仕事を見ていたので整体師になろうと思っていました。

 将来は実家の整体を引き継ぎながら、体を鍛える事が趣味なので、パーソナルトレーナーをやりつつ、モデル業も続けられたらなと思います。


韓国と出あい興味湧く

朴幸久さん(愛知県生まれ・中京大学2年)
 小学校の頃、私はあまり韓国に対して興味もなく、ただ何となく民団のイベントに参加していました。しかし、成長していくに連れて、学校の同級生と環境の違いを知り、自分が在日韓国人だということを自覚しました。その後、自分のルーツや韓国、民団などにとても興味が湧き、自分から進んで民団のイベントに参加するようになりました。

 そんな中、2016年の次世代サマースクールに参加しました。そこでは同じ在日でも、生まれ育った場所も環境も全く違う同世代の同胞と知り合い、みんなと語り合う楽しさと同時に、自分の在日や韓国に対しての知識の無さを知りました。それから大学で韓国語を受講したり、バイト先の韓国人留学生の友人に話しを聞いたりしました。

 二十歳になり、来年から本格的に就活が始まります。そんな今こそ、時間を自由に使える最後の年だと思っています。なので、これからの人生の糧となるよう、様々なことにチャレンジしたいと思っています。


学生会に参加し安心感

田和揮さん(福岡県生まれ・西南学院大学2年)
 僕は祖母の影響もあり、小学生の頃から福岡の民団が開催していたオリニ土曜学校に参加していました。民団では勉強はもちろん、様々なオリニのイベントがあり、母国との交流もありました。また、昔からサッカーが好きだというのもあり、全国からサッカー少年が集まる、民団のオリニフットサル大会にも出場しました。

 僕にとっては、この時が初めての全国イベント参加でした。しかし、まだ幼かった僕は、自分が在日韓国人である事について深く考える事はありませんでした。

 その数年後に出会ったのが韓国学生会でした。大学2年生の夏に初めて福岡からKSJに参加させていただき、そこで多くの在日同胞の学生と交流することができました。そして自分が在日韓国人である事、これからそれをどう受け入れて生きて行くのかを深く考えさせられました。

 それだけではなく、初めての多くの同胞学生たちの集まりの中で、「在日は自分だけじゃない」という大きな安心感を覚えました。また学生会の紹介で、青年会のイベントにも参加させていただき、福岡の青年会の方や、社会人の在日青年の方、KSJでは出会えなかった同胞学生達など、多くの同胞とふれあうことができました。

 学生の今だからこそ、もっと多くのイベントに参加して同胞との繋がりを増やし、いずれは学生会、青年会を引っ張っていける存在となり、日本と韓国の懸け橋になりたいと思っています。


韓日懸け橋役担いたい

塚ゎ襪気鵝平斉狎邯生まれ・東海大学2年)
 子どもの頃は自分が韓国人だとか在日だとかの自覚はまったく持っていませんでした。韓国人だと自覚したのはフィリピンのセブへの留学中に、韓国人との出会いを通してです。

 また、父のすすめで民団の母国サマースクールに参加させてくれた事がきっかけで、在日の仲間と知り合ってからは、母国、韓国の事をもっと知りたくなりました。

 知り合った在日仲間とは自分たちが韓日の懸け橋となれるよう、草の根の交流を大事にしていこうと思っています。また、困った時にアドバイスし合え、助け合えるような関係を築いていきたいですね。今は、人脈を広げ、より多くの人と交流をすることに専念しようと思っています。

 子どものころは、とにかく有名になることが夢でした。将来は英語、もしくは韓国語の翻訳・通訳者めざしています。そのため留学で語学力を向上させます。


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(2018.01.01 民団新聞)
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