
「漫画の神様」と称される手塚治虫は生涯で600以上もの作品を描いたと言われているが、1970年に発表された帰化した在日同胞の半生を描いた短編漫画「ながい窖(あな)」は、手塚治虫全集にも収録されず長く封印作品として扱われてきた。
それが今年、法政大学出版局から復刻版として出版されることになり話題となった。同作品は、強制連行により炭鉱で過酷な労働を強いられた主人公が、戦後、成功し日本籍に帰化してもなお自身の出自をトラウマとして生きなければならなかった物語。復刻版の帯には戦前から戦後にかけての在日同胞の姿を通じ忘却された歴史や差別の実態を克明に描き出したと書かれている。
ところで法政大学出版局の「ながい窖」復刻版=写真=は、本編漫画が50㌻に対して解説は80㌻もある。以前、青年会の若者が生まれてから今まで「差別」を感じたことが無いと天真爛漫に話す姿に驚いたことがある。たしかに半世紀以上も前、当時の在日の置かれたあまりにも過酷な状況を生々しく描いた手塚治虫の同作品は、日本人のみならず在日の今の若者たちにとっては過度に誇張し荒唐無稽な漫画として読まれてしまうのかもしれない。
私の実家は60年ほど前、在日同胞がほぼいない地方の小さな町でパチンコ店を開き、それ相応に裕福な暮らしをしていた。小学生の頃、同級生数人と楽しく話していた時、その中の一人が「○○は中国人だって」と蔑んだ陰口を言い出し、それを聞いた瞬間、私は体が硬直して言葉を失った。当時の私は通称名を名乗り、韓国人であることをひた隠しにしていた。同漫画作品にも描かれているが、当時、在日は社会人になっても、就職は門前払いされることが当たり前の時代だった。
昨今の青年会の同胞が差別を受けたことが無いと感じていることは、民団の先輩の方々の差別撤廃運動の努力が報われたもので喜ばしいことだ。同時に先人の苦難の歴史を忘れないでとの気持ちも湧き上がったのも事実。
手塚治虫は同作品のタイトルを「ながい窖(あな)」とした。「長い」ではなく、ひらがなで「ながい」とし、「あな」を「穴」、「窟」ではなく通常使われることがない「窖」。辞書によると「窖」とは「あなぐら、物をたくわえるための深い穴」のことだという。復刻版の表紙に使われた場面は、主人公が「窖」のなかでもがき苦しむものだ。日本社会にとって在日差別の問題は、「臭いものには蓋をする」との日本のことわざ通り、暗くふかい「窖」に閉じ込めてきた。そして同作品もながく封印されてきた。
ネタバレになるが「ながい窖」の最終ページに、出自をばらすと脅す相手に主人公が「だまれ!」と叫ぶカットがある。その「だまれ!」の文字は、これでもかと思うほど大きく太く手書きで描かれている。このカットに在日同胞に対する手塚治虫の強い思いが込められているように思えてならない。
今、入管法など多方面で外国人排斥の流れが日本社会で拡大している。私たちは、「ながい窖」に閉じ込められないよう勇気を振り絞り声を上げていかなくてはならない。(M)