掲載日 : [2019-03-26] 照会数 : 6824
【寄稿】金正恩「全民族合意統一方案模索」指示の正体
[ 2018年4月27日の南北首脳会談後も、北韓は「金日成王朝下統一路線」を放棄していない ]
◆「連邦制統一国家論」の建前と本音
朝鮮総連中央は、「北と南は、全民族の合意に基づいた平和的な統一方案を積極的に模索し、その実現のために真摯な努力を傾けるべきである」との「敬愛する最高領導者」金正恩労働党委員長の新年辞に従い、在日同胞および日本社会に向けて政治宣伝を積極的に展開している。
総連の機関紙「朝鮮新報」(3月1日)は 「平壌での朝鮮政府、政党、団体連合会議(1月23日)や北・南・海外の代表が参加した(北南宣言履行のための2019年)金剛山迎春の集い(2月12~13日)では全民族の知恵を合わせて統一方案を作成することが、全民族に送るアピール文に盛り込まれた」などと伝えている。総連中央の監督・演出・動員で2月26日に東京都内で開かれた「3・1節100周年記念 民族の自主と平和、統一のための海外同胞大会」(主催=実行委員会、主管=6・15共同宣言実践日本地域委員会)も「私たちは自主統一の望ましい方案を模索し、これを実現するために真摯に努力していく」と決議している。
だが、「全民族合意統一方案模索」指示の「含意」は、「北側公認の連邦制方式による祖国統一の機運を高めるために、南側地域および海外同胞社会、特に在日同胞社会への工作・働きかけに尽力せよ」ということである。北韓世襲独裁政権にとっては、初代の金日成時代から「最も正当で現実的な統一方案」と主張してきた「連邦制統一方案」は「神聖不可侵」で、それ以外の統一方案の検討・選択はあり得ない。
最初から結論が用意されており、歴代韓国政府の公式的な統一方案である「民族共同体統一方案」を、「連邦制統一方案」に誘導・変更させることに主眼がある。「民族共同体統一方案」は、自主・平和・民主の統一3原則に立脚し、「南北連合」の過度的段階を経て統一憲法の定めによる南北総選挙を実施。1民族1国家1体制1政府の民主的統一国家を実現させる。
これに対して「連邦制統一方案」は、「南北連邦制」を過度的な段階とみなすのではなく、異質な2体制(南=民主主義体制、北=金日成王朝制)のままをもって統一の最終段階・完了とする(1民族1国家2制度2政府を想定)。したがって「統一憲法・統一総選挙」の項目がない。韓国内の「進歩」を自称する従北・親北団体・勢力の取り込みと拡大に注力し、現在の金日成王朝体制の存続を正当化しようとするものだ。そのうえで、究極的には金日成王朝体制による韓国合併・吸収統一をめざす。
北韓において「憲法」よりも上位にある「朝鮮労働党規約」はその「前文」で「朝鮮労働党の当面目的は共和国北側で社会主義強盛大国を建設し、全国的範囲で民族解放民主主義革命の課題を遂行するところにあり、最終目的はすべての社会を主体思想(金日成・金正日主義)化し、人民大衆の自主性を完全に実現するところにある」と明記。そのために「南朝鮮で米帝の侵略武力を追い出し、あらゆる外部勢力の支配と干渉を終わらせ、(略)わが民族同士力を合わせて、自主、平和統一、民族大団結の原則で祖国を統一し、国と民族の統一的発展を成し遂げるために闘争する」とうたっている。金正恩委員長は、昨年3回の南北首脳会談後も、このような路線を転換することなく堅持している。
北韓当局の日本における忠実な代理・代弁人である総連中央は、「連邦制統一方案」について「6・15共同宣言(2000年6月)において北と南が合意した統一方式」で「平和統一実現の唯一の方途」だと強弁すると同時に、韓国を「米軍占領地域」とし、「今こそ全同胞が米帝侵略軍を南朝鮮から追い出し民族最大の宿願である祖国統一を達成する聖戦に決然と立ち上がる時だ」(2013年3月22日の裵益柱副議長談話「全在日同胞は正義の愛国聖戦に力強く立ち上がるだろう」)などと主張。一見、「連邦制統一」主張とは合いいれない金正恩領導による「南朝鮮解放統一」への支持を明確にしているのだ。
◆「朝鮮労働党規約」「憲法前文」「10大原則」
総連中央は「金正恩新年辞」を受けて発表した1月9日付の南昇祐副議長談話で「北、南、海外の連帯・連合を強化して連邦制統一の機運を高めるのに尽力する」とし、「民団傘下同胞らをはじめとした広範囲な在日同胞らとの民族的団合を強化して北南宣言の履行のための運動をもっと盛り上げる」と表明。「偉大な首領金日成大元帥様と偉大な領導者金正日大元帥様の遺訓を戴き、民族の宿願である祖国統一実現のためにすべてをささげてきた総連と在日同胞は、敬愛する最高領導者金正恩元帥様の領導に従い平和と繁栄、統一の全盛期を開くための闘争に自らの使命と任務を果たす」と明らかにしている。
そして許宗萬議長は2月15日の「金正日大元帥様誕生77周年慶祝在日本朝鮮人中央大会」での報告で「敬愛する最高領導者は、我々は連邦制統一を主張するとし、北と南は相手側に存在する互いの思想と制度を認めあい、全民族の指向と要求に合わせ連邦国家を創立する道に進まなければならないと述べられた。総連は、北南宣言を積極貫徹し、連邦制方式による祖国統一成就の機運を高めるのに共和国の海外僑胞組織としての自らの重大な使命と役割を果たしていく」とあらためて強調した。
許議長は、主席壇に並んだ「海外同胞大会」(2月26日)では、祝辞で「今年、北南関係発展と平和繁栄、連邦制統一への旅程で画期的な転換をもたらす歴史的な年とするのに貢献しよう」と呼びかけている。(なお、これまで引用した裵副議長談話、南副議長談話、許議長の報告および祝辞は「朝鮮新報」の日本語面には一切掲載されていない)
この「海外同胞大会」には、大会実行委員会の共同委員長を務めた南昇祐副議長、6・15共同宣言実践海外側委員会の孫亨根委員長(在日韓国民主統一連合=「韓統連」議長)をはじめとする実行委員らとならんで、韓国から6・15共同宣言実践南側委員会の李昌馥常任代表議長、民族和解協力汎国民協議会の金弘傑常任議長、与党・共に民主党の李鍾杰国会議員(「2・8独立宣言100周年記念事業委員会」委員長)らが参加した。また、日本当局の制裁によって参加できなかった6・15共同宣言実践北側委員会から連帯メッセージが寄せられた。
6・15南側委員会は、これに先立ち2月22日にソウルで開いた「2019年定期共同代表会議(総会)」で「6・15共同宣言で明らかにされた統一の原則と、南北の統一方案の共通性をもとに平和と繁栄、統一のための全社会的、全民族的な論議を展開する」ことを決議している。
だが、同委員会は、そのような「全社会的、全民族的な論議の展開」が、国家(党)が社会を全面的にコントロールし、国家から自立した「市民社会」のない「北韓地域」においても可能だと考えているのだろうか。「市民社会」とは、公共的な事柄に関する討論と決定に人々が、自らのイニシアチブによって参加する権利、仕組みおよび文化の存在する社会のこと。
『広辞苑』(岩波書店)は「市民社会」について「特権や身分的支配・隷属関係を廃し、自由・平等な個人によって構成される近代社会」と記述。『大辞林』(三省堂)は「自由・平等な個人が、自立して対等な関係で構成することを原理とする社会」と説明している。異質な諸集団や諸価値の共存のための社会空間としての「市民社会」は、議論と審議の場でもある。
自由・民主主義体制のもとに「市民社会」を構築した韓国同胞とは対照的に、3代世襲による王朝体制下にある北韓同胞には、執権者および政府批判の自由をはじめ言論、出版、集会、結社の自由がない。北韓同胞は、基本的人権を認めず最高領導者への無条件忠誠を強要する全体主義独裁体制のもとにある。体制への異論・批判はもとより「連邦制統一方案」への異論・批判も危険視され、厳しく罰せられ、家族・親族もろとも僻地にある強制収容所に送られかねない。
金正恩委員長は、13年6月に「朝鮮労働党規約」の上に君臨する金日成絶対化の最高の「掟」である「党の唯一思想体系確立の10大原則」(74年)を金正恩時代に合わせて「党の唯一的領導体系確立の10大原則」に改定、発表している。「全社会を金日成・金正日主義化するために一身を捧げて闘わなければならない」(第1)、「偉大な金日成同志と金正日同志をわが党と人民の永遠の首領として、主体の太陽として高く奉じ戴かなければならない」(第2)、「偉大な金日成同志と金正日同志の権威、党の権威を絶対化し、決死擁護しなければならない」(第3)、「偉大な金日成同志と金正日同志の遺訓、党の路線と方針の貫徹で無条件性の原則を徹底して守らなければならない」(第5)などと、自身への無条件・絶対忠誠および3代世襲を正当化した。
朝鮮労働党は、党員はもちろん、一般住民に至るすべての組織生活を掌握・統制している。国会に相当する「最高人民会議代議員」の選挙も党の指名どおりに「選ぶ」ただのセレモニーにすぎない。さる3月10日の代議員選挙も「投票率99・99%/100%賛成票」だった。北韓内においては、これまで統一国家実現のための多様な方案が自由かつ公開裡に論議されたことはなく、今後も許さることはない。金正恩委員長は16年5月の第7回労働党大会でも「党の政策以外、いかなる思想も入り込ませない」と強調した。「全民族合意統一方案積極模索指示」のまやかしは明らかだ。
北韓は「わが民族」について「金日成民族」だと一方的に宣言(94年10月、金正日国防委員会委員長「金日成死亡100日談話」)している。「わが民族同士」を最大のキーワードとする「6・15共同宣言」の発表後も、「金日成民族」主張をやめず、「金正日死亡(11年12月)後」も取り下げていない。金正恩委員長は、12年4月15日の「金日成生誕100周年慶祝閲兵式」での祝賀演説で「金日成民族の100年史は波乱が多い受難の歴史に永遠の終止符を打ち、わが祖国と人民の尊厳を民族史上最高の境地に高めた」と宣言した。
総連中央・許議長への金正恩「13年新年祝電」では「総連が金日成民族、金正日朝鮮の尊厳と気性、一心団結の威力で在日朝鮮人運動の新たな高揚期を開いていくための闘争で誇らしい偉勲を立てていくことを固く信じる」と教示。これに応えて許議長は、同年2月16日の「金正日誕生71周年慶祝在日本朝鮮人中央大会」での報告で「全員が偉大な金正日大元帥様の崇高な遺訓と敬愛する金正恩元帥様の綱領的お言葉を高く仰ぎ、金日成民族、金正日朝鮮の尊厳と気性、一心団結の威力で在日朝鮮人運動の新しい高揚期を開いていこう」と呼びかけた。
金正恩委員長は、さらに同年4月の「憲法」修正で「前文」に「金日成同志と金正日同志が生前の姿で安置されている錦繍山太陽宮殿は領袖永生の大記念碑であり、朝鮮民族の尊厳の象徴であり永遠なる聖地である」と追加・明記させた。
◆「6・15実践南側委員会」に今一度問う
「わが民族」を「金日成民族」などと称し、呼ばせることは、在日同胞を含むわが民族・同胞に対する冒涜以外のなにものでもない。北韓最高領導者に、南北統一問題の「全民族的合意」に基づく平和的・民主的解決の意思があるならば、「金日成民族」主張を、少なくとも「6・15宣言」発表後にはやめねばならなかった。しかし、「金日成民族」主張に加えて「金日成・金正日・金正恩=民族の最高尊厳=民族の太陽」「錦繍山太陽宮殿=朝鮮民族の尊厳の象徴・永遠なる聖地」などと、エスカレートさせている。
昨年4月の南北両首脳による「韓半島の平和と繁栄、統一のための板門店宣言」以後も、「金日成民族」などの主張を撤回したという発表や報道はない。許議長は、昨年5月の総連第24回全体大会での報告でも、金正恩委員長を「金日成・金正日」とともに「民族の偉大な太陽」だと強調。閉会辞では「金正恩様を全同胞(民族)の希望の中心」として「天地の果てまで戴き仕え」「敬愛する元帥様だけを信じて従う」ことを「内外に誇示した大会」だったと表明していた。
韓国内の「民間統一運動団体の結集体」だという「6・15南側委員会」に改めて問う。6・15南側委員会は、6・15北側委員会、6・15海外側委員会とともに「6・15共同宣言実践民族共同委員会」を構成(05年12月)。同共同委員会は「6・15共同宣言を実践して民族の和解と団結、平和と統一を成し遂げることを使命とする全民族的な統一運動連帯組織であり、統一運動の先鋒組織」だと喧伝している。その実態はどうか。
北側委員会は官製組織であり北韓当局の代弁人に他ならない。海外側委員会の中心をなす日本地域委員会(孫亨根議長)は、総連中央と、その別働隊である韓統連によって運営されている。周知のように総連は、北韓を「南北すべての人民の総意によって建設された唯一正当な主権国家、唯一の祖国」と定め、「すべての同胞を『共和国』のまわりに総結集させる」ことを使命としている。中央本部の許宗萬議長、南昇祐副議長、姜秋蓮副議長兼女性同盟中央委員長は3月に、在日本朝鮮商工連合会会長、朝鮮大学校学長とともに最高人民会議代議員に指名されている。朝鮮労働党の指導下にある総連の唱える「自主統一」は「金日成王朝下統一」を最終目標としている。
それにもかかわらず6・15南側委員会は、北側委員会に終始同調し、行動を共にしてきた。「6・15宣言発表7周年記念民族統一大祝典」(07年、平壌)では、「総連に対する支持と声援は民族統一運動の重要課題」との認識で一致。総連の大会に連帯の祝電を送り、関係行事・集会などに代表らが参加を重ねている。そして、総連が最重点事業として「金日成民族教育」を推進している朝鮮学校について「民族の国宝1号に値する」と絶賛してやまない。前述の「金剛山迎春の集い」でも、南側参加者は総連の「(金日成)民族教育」を「統一を担う人材を育てる『統一教育のモデル』である」と賛辞を惜しまなかった(2月22日付「朝鮮新報」)。
その一方で、6・15南側委員会は、北韓での「統一のための全社会的、全民族的論議」は果たして実現可能なのか、いかにすれば可能なのか――という最も肝心な問題に、これまでなにも語っていない。本当に「全社会的、全民族的論議の実現」をめざすならば、まず、北側に対して「金日成民族」主張の撤回および「金日成王朝下統一路線」の転換を促してしかるべきだ。そして、統一方案の公開的論議と報道の自由保障はもとより南・北同胞の南北間自由往来実現を主張すべきである。こうした重要課題については頬被りをしている。また、韓国の民主化推進・拡大の必要性を強調しながら、同胞の基本的人権を認めない北韓独裁体制の改革・民主化の必要性については主張していないのはなぜか。
今後も時代錯誤な北側の前近代的・非民主的「民族・統一」論に反論することなく、官製の北側委員会との連帯・共同行動を強化し、「金日成王朝体制を温存した連邦制統一国家=完全統一」の実現に向けて力を注ぐということなのか。それが南北および海外同胞にとって、「最も現実的で最善の選択」だと確信しているということなのか。ちなみに、共同決議・共同宣言の発表などには、「わが民族」や「南北統一」など最重要な言葉や字句の定義や認識の共有が不可欠だ。
「南北統一」は、どのような国家(政治体制)への統一であってもよい、というものではない。南北同胞および在日をはじめ多くの海外同胞が望んでやまない「統一」は、「民主的先進国家への発展的統一」であり、「南北社会の等質化」(経済発展と平和・民主・人権の価値観共有)を実現するものである。
6・15南側委員会は、最終的にどのような「南北統一国家」をめざすのか、「統一国家像」を一度も提示していない。「誰の、誰による、誰ための、どのような統一国家の実現をめざすのか」。これ以上曖昧にせず、速やかに明示すべきである。
朴容正(元民団新聞編集委員)