張成沢の処刑は、1年半ほど前に聞いた講演をすぐさま思い起こさせた。高位幹部の子弟でありながら脱北し、韓国で北韓問題を研究しているその講師の論評が実に的を射ていたからだ。 張には指導力があり人を引きつける魅力もある。したがって、彼の周りには常に人が集まり、取り巻き勢力が形成されやすい。張は金正日にたびたび罰せられ、幾度となく危険な目にあってきた。そんな彼が沈没するときも浮上するときも、常に行動をともにするグループがあった。その代表格が崔竜海だ。 金正日亡き後、張がコントロールタワーに近い存在となった。しかし、カリスマ性がなく軍部を抑止できない。そこで張は、名門出身で弟分とも言うべき崔竜海を軍のトップに引き上げた。これは実権掌握のためではなく、あくまで自己安全装置に過ぎない。こうした布陣が権力掌握の手段と見なされれば、命がないことを張はよく知っていた。取り巻きがおべんちゃらを言うと、彼は決まって「おれを殺す気か」とたしなめたという。 ほぼこんな内容だった。その通りになったことになる。しかも、そこで中心的な役割を果たしたのが崔だったとは皮肉と言うほかない。その崔は党人派で伝統的な軍部人脈とは葛藤がある。決して安泰ではない。張は金日成の娘・敬姫と大学生時代に熱烈な恋愛をし、周囲の反対を押し切って結婚したほどの人物だ。二重三重の閉塞感が支配する北韓で、彼の生き様そのものが羨望の的になっていたのだろう。 「魅力」ある彼の無残な死はわずかな「心の救い」さえ奪い去ったことになる。その反動は小さくあるまい。(D) (2014.1.29 民団新聞) |