民団新聞 MINDAN
在日本大韓民国民団 民団新聞バックナンバー
新時代の同胞社会を語る<3>

■□民族文化の継承■□
鄭早苗・大谷大学教授



■まず一世の生活体験知ろう
 辛苦乗りこえてきた生き様

 在日コリアンが子孫に残すべき民族性とはいったい何だろう?

 日本人の私の友人はいわゆる中年という年ごろであるが、実家が農家であっても田植えはもちろん、草取りも稲刈りもしたことがないと言う。「稲の穂がどれくらいのかたさになれば稲刈りをするのですか」と、稲を育てることも何も知らない無知な私が尋ねたときのその人の答えであった。大学生活のため、高校卒業後に親元を離れ、今では都会で家庭をもち、それこそ盆と正月ぐらいしか実家に帰れない、と寂しそうに付け加えていた。本当に親の働く姿が見えなくなってしまったと実感する。

 在日の私たちの二、三、四世も親や祖父母の働く姿が見えなくなってきたと思う。民族文化の継承と民族性を取り戻す、ということはもうだいぶ以前から在日の世界では語られ続けていることである。

 サムルノリ、マダン劇、韓国舞踊などが青年会や各地の民族文化祭、民族学校、子供会、民族学級などで練習が積み重ねられ、このような民族文化に触れたり、鑑賞したりできる機会は十数年前には考えられないくらい増えてきた。それは在日コリアンの運動と主張と情熱の大きな成果であることに、誰も異議は挟まないだろう。

 私は韓国を初めて訪れてからもう20年になり、多くの土地を見学した。韓半島各地の民族伝統文化の地方色の相違に興味を持ったり、背景の歴史をもっと知りたいと歯がゆい時もあった。韓半島に地方色があるなら、在日コリアンも在日という地方色があってしかるべきというか、当然であろう。在日だから創造し得たもの、誇り得るものが実に多くある。

 「古代韓国と日本の関係史」「日本のなかの朝鮮文化遺跡や足跡の探求」「豊臣秀吉の朝鮮侵略戦争に関わる有田焼等の陶磁器、捕虜などに関する問題の論究」「朝鮮通信使関連の資料の収集や論文・著書」「関東大震災問題」「戦後補償問題」「指紋押捺問題をはじめとした在日外国人の人権問題」「地方参政権獲得運動」などは、在日の研究者や民族団体の運動によって問題が提起され、研究を深め、そして成果を上げてきた諸問題である。これらの問題は在日であればこそ取り上げることができた視点であり、取り組みであり、まさに在日という地域の民族史であり、文化創造の発露であるといえよう。

 しかし、もっとも身近な親の文化・生活背景となれば、今では分からないことが多くなった。もちろん親の仕事の後を引き継いでいる二、三世もいるが、親は在日コリアンとしての職種に従事しながら、子どもはサラリーマン、教員、医者、弁護士、建築士など親の職種とは違う分野で働く場合が年を追って増加している。

 在日コリアンは、戦後間もなくから自家製の焼酎やマッコルリの製造、今でいう廃品回収、ホルモン焼き、パチンコ、土木・建築、プラスチック成形、ケミカルシューズなどの業種を成功させ、子どもの教育に余念がなかった。しかし、これらの職種は往々にして景気に左右されたりして不安定要素が拭えないため、当然親たちは子どもにはより安定した職種についてほしいと願い、学歴をつけさせるためには文句の一つも言わず、ひたすら働いてきた場合が多かった。

 それはそれで、痛切に理解できる在日コリアンの生き方であったが、私自身思い出そうとしても、親がどのようにしてマッコルリを造っていたのか、どのような思いで豚を飼っていたのかわからない。親も子どもたちに対して取り立てて苦労話を語らなかった。子どもを慈しむ親の心とは裏腹に、子どもたちは自分のことで精一杯、親のことなど念頭になかったというのが私の子どもの頃の状況であった。

 一世の聞き書きを最近読み、今私が思うのは在日二世こそが親の生き方や仕事の中身を知らねばならないということである。

 強制連行の歴史も大事である。在韓被爆諸問題も大事である。1948年の民族教育弾圧の歴史的意義と内容を知ることももちろん大事である。しかし、もっとも身近な親や祖父母の歴史、とりわけ生活の根本である仕事の内容、たとえば日本の銀行の融資を受けられなかったりしたこと、また、家や工場が借りられなかったりしたこと、それらの困難をどのようにしのいだのか、という具体的な中身を知ることを通して在日の生活文化を二世以下に残さなければ、在日の民族運動や社会運動の歴史は残っても在日という地域民族文化は残らないことになると思う。

 大阪府にはおよそ二十万人の在日一、二、三、四、五世が生活している。人口だけで見れば「市」が四つもできる数なのである。四市もあれば一体何人の在日コリアンの公務員が働くことになるのだろう。在日の公務員の数が増えていいなあと妄想することは横に置くとして、日本の市には各地の博物館や資料館をもっている。しかし、在日コリアン最多住地域の大阪においてすら、人権博物館内に在日のコーナーがあるだけである。

 新世紀を迎えるに当たって在日の私の立場から希望することは大きいことではない。自分たち在日の生活民族文化を見直し、十分に理解し、それらの経験を生かしていくことではないかということである。


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プロフィル

ちょんちょみょ

 大阪生まれ。神戸大学文学部卒業。大阪市立大学大学院修士課程修了。大谷大学教授。著書に「韓国・朝鮮を知るための55章」(1993年明石書房、共著)、『図説韓国の歴史』(河出書房新社、共著)。

(2000.01.01 民団新聞)



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