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在日本大韓民国民団 民団新聞バックナンバー
石原発言の撤回と謝罪を求める



 内外に大きな波紋を投げかけ、在日韓国人をはじめとする外国人の怒りを招いた東京都の石原慎太郎知事の「不法入国した三国人、外国人の大きな犯罪…騒じょう事件も」という妄言から一カ月が経過した。

 本団は、排他的・侮蔑的用語として既に死語となって久しい「三国人」という言葉だけでなく外国人を危険な存在としてみなし「治安維持の対象として自衛隊出動を」などという旧時代の発想が亡霊のようによみがえったことに驚愕した。これを看過できない暴言として、この間、東京都に対し抗議と釈明を求めて来た。4月20日、都庁を訪れた本団の代表団に福永正通、青山両副知事が示した回答は不充分な内容であった。あらためて在日韓国人70万人を代表し、東京都石原知事の問題発言に対し撤回と謝罪を要求する。

 在日韓国人は、韓日間の不幸な歴史の所産として日本に居住するに至り、歴史の証人である一・二世から三・四世まで存在する。解放後、在日本大韓民国民団(民団)を創設し日本社会のさまざまな差別と偏見の中でそれこそ血と涙と忍耐を持って努力して来た。共生社会への努力に水差す発言

 民族間の葛藤を克服して行く為に歴史の教訓を活かし、韓日両国の正しい相互理解と友好関係が不可欠であることからその架け橋的役割を担って来た。幸い国際化の潮流と併せて韓国の経済発展、そして本団の五十有余年のさまざまな運動と多くの日本人の理解によって韓日関係は大きく改善されてきた。

 1990年代から本団の運動も差別と偏見に対する抗議糾弾型から、共に生き、共に創る共生運動へと転換して来た。その象徴的な運動のひとつが1995年の阪神・淡路大地震時の地域共生の助け合い運動である。1923年の関東大震災の時、日本官憲のデマによって引き起こされた朝鮮人大量虐殺という悲惨な歴史を繰り返してはならないという教訓を活かし、未曾有の混乱の中で日本人、外国人が共に助け合う人間として当然の行為であった。

 もう一つは、外国人に対する地方自治体参政権の付与運動である。多く理解者を得て、現在開会中の国会でようやく審議に入るまでに至った。都知事の発言はこのような努力を踏みにじり、外国人に対する偏見と不安感をあおったのである。

 21世紀のグローバルな社会は人と物、情報が国を越えて行き交う時代である。韓日間の人と文化の交流は、2002年ワールドカップ韓日共催を控え、目を見張るほどである。日本人の海外旅行の一位は昨年からハワイを抜いて韓国となった。若い世代の韓国訪問は年毎に増えている。

 今回の発言はソウル市との関係や世界の都市との関係に悪影響を及ぼすであろう。開かれた日本、開かれた東京というイメージを創るためにも都知事が過ちを認めるべきである。それが東京都が外国人都民の声を都政に取り入れる試みとして3年前に設置した「外国人都民会議」の精神であろう。

 都知事は「三国人」という用語を今後は使わないと明らかにした。しかし、今回の問題発言によって、日本の文化を、風土をこよなく愛する外国人まで、閉鎖的な都市「東京」というイメージを与えたことに気付くべきである。とりわけアジアからは、日本を再び過去へ導く時代に逆行する危険な発想として見られたはずだ。

 過ちを認め、謝罪することによって平和を愛する日本、開かれた都市「東京」というイメージ回復のために都知事の判断を求めてやまない。

(2000.05.10 民団新聞)



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