民団新聞 MINDAN
在日本大韓民国民団 民団新聞バックナンバー
在日へのメッセージ

「無死」が開く共生社会
小田川興(朝日新聞編集委員)



 李秀賢さんの痛ましい死から1カ月が過ぎたが、李さんが無言の行動で残したメッセージは、日1日と重味を増すように思う。

 李さんら2人が転落客を救おうと線路に飛び降り、結局3人とも電車にはねられ死亡したJR新大久保駅ではいまも、駅事務室に花束や千羽鶴が供えられている。

 バラを差した一つの花瓶には「勇気をたたえて」と記され、シドニー五輪の南北合同行進でも掲げられた「統一旗」と日章旗が手を握りあう絵が描かれていた。

 事件から日が経つにつれて、称賛一色だった韓国では、李さんの行為を英雄視してはならないという声もでていると報じられる。

 しかし、日本では状況がいささか異なる。経済不安という点では韓国と似ているが、日本社会の方は戦後半世紀を越して、より暗い閉塞状況に陥っている。政治家はますます私利私欲に走り、官僚は辻褄合わせ。多くの企業は当座のリストラでしのぐ構えだ。韓国のように既存の枠組みをぶち壊す力は、残念ながら、この国では弱い。

 さかのぼれば、日本は明治維新以来の富国強兵が敗れ、戦後は学歴至上主義、拝金思想にまみれた。大部分の組織の上層部は地位にしがみつき、真の改革は望まぬ。

 実は、これはすべて自己保身からくることはいうまでもない。それが日本の再生を阻んでいることを、国民はみな知っている。

 だからこそ、李さんの一身を投げうった「無私」の行動は、日本および日本人に強い衝撃を加えた。闇を貫く一閃の光のように。

 李さんは、日本の植民地時代に強制労働につかされた祖父を持つだけに、日韓の「歴史の確執」を超える行動でもあったと感じる人は少なくないだろう。

 李さんは、外国人の比重が増していく日本で、共生社会の実現に向けて貴重な灯をともしたのだと思う。

 李さんのことが、日本と韓国、朝鮮半島、そしてアジアと世界のつながりを考えるすべての人の胸に深く刻まれることを願いたい。

(2001.03.07 民団新聞)



この号のインデックスページへBackNumberインデックスページへ


民団に対するお問い合わせはこちらへ