民団新聞 MINDAN
在日本大韓民国民団 民団新聞バックナンバー
21世紀の民族教育を見つめて

民族学校の現場から<24>



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意識変革の中で伝えるもの
李広緑(建国中教師)

 日本生まれの韓国人=在日の生徒、新在日の生徒、商社・公務員の駐在員の生徒、さらには日本国籍を持つ帰化同胞の生徒、全くの日本人生徒。実に様々な環境を持つ生徒が本校で学んでいます。そのような意味では建国中学校は国際学校なのかもしれません。

 在日の生徒が多くの割合を占めているのは、私が本校で教鞭を取り始めた1984年頃と大きな変化はありませんが、生徒たちの意識には大きな変化が出てきたように思えます。

 当時は冷戦構造の中での南北対立。韓国に対し健全な独立国家というイメージを持てない日本人社会の中で、在日はというと、やや裕福になってきたとはいえ、まだまだ民族差別と格闘しながら生活を確保するのに悪戦苦闘。民族学校である本校に通う生徒にもそれは色濃く投影していました。

 民族差別一つをとっても、日本社会への同化という形で逃避するのでしょうか、あるいは民族的自覚を矜持することで凌駕していくのでしょうか。その選択に迫られた同胞の中でも、後者を選択した親たちが我が子を民族学校に多く入学させていたのではなかったかと思います。

 もちろん本校の生徒たちがそんな親の思いを完全に理解していたというわけではありませんが、やはり意識の中に日本人社会の中で強く生きる韓国人としての自覚を促そうとする雰囲気が学校に存在していたように思います。

 時代が変わり、ソウル五輪の成功、韓国の飛躍的な経済発展という歴史を経過し、今や韓半島の情勢を全世界が注目し、金大中大統領のノーベル平和賞受賞、2002年にはサッカーのワールドカップ韓日共催を待ちます。

 そんな情勢の中、韓国自身が肯定的な評価と脚光を浴びる現在ではやや状況が変わってきました。つまり、以前のような差別の克服と自立のための民族的自覚という闘争的なイメージはなく、在日韓国人という位置づけを素直に、むしろポジティブに受け止めている保護者・生徒が増えてきたように思えます。

 流れた時間に比例して風化していく韓日間の悲しい歴史、世界情勢の変化、さらには二世から三世、三世から四世、と世代交代による価値観の変化。

 原因は様々であるとは思うのですが、民族的自覚という言葉に対するイメージや意識は確実に変わりつつあります。

 後ろに引くことはありませんが、前に出ることもありません。何より自然体でかつての意識的なこだわりがありません。

 私は在日二世ですが、自分の歴史と眼前の生徒たちを比較したとき何となく拍子抜けしたように感じ、生徒たちには機会をとらえて熱っぽく語ることも多いです。

 以前は二、三度韓国に行ったことのある生徒がクラスにちらほら…。それが今はほとんどの生徒が経験し、気軽に何度も往復していると答える者も何人かいます。いや韓国にとどまらず幾つかの外国すら体験している者も一人や二人ではありません。

 在日よりも熱心に韓国語を勉強する日本人も多く現れる現在。在日とは日本の中の韓国人という意味ではなく、日本には住んでいるだけの、多国籍文化を有する、世界の中の韓国人という、まさにグローバル・ボーダレスの時代にふさわしい存在になってきました。そのことを実感させる生徒が増えてきたことは頼もしい限りではあります。が、しかし置き去りにはできない、風化させてはいけないものがあるはずです。

 残していくかどうかは彼らが決めることとは思いますが、平和な社会でボーダレス・国際的感覚を持ち始めた在日韓国人現代っ子たち。彼らを前にして、まずそれをどのような形で伝えていくべきなのでしょうか。

 その方法論に頭を悩ます不安は、同時に、決して私だけではないはずという妙な開き直りに昇華し、民族学校教員という今の私を支えています。

(2001.03.14 民団新聞)



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