民団新聞 MINDAN
在日本大韓民国民団 民団新聞バックナンバー
在日韓国人意識調査・活動余録

滝田祥子(横浜市立大学教員)



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在日の歴史認識のありか

 日本と韓国という2つの国のあいだで歴史教科書問題が再燃している。ここ数週間の民団新聞の紙面のトップ記事は、韓国政府、民団、市民団体、世界の韓人会等からの抗議・修正要求、「新しい歴史教科書をつくる会」教科書の採択状況を逐次報じている。

 なかでもとりわけ興味深く読んだのは「在日同胞の視点に立った歴史副読本必要」(7月11日付)という記事であった。残念ながら、副読本の内容についての詳しい記述はなかったが、在日の研究者が「在日同胞の視点」に立った日本の歴史教科書副読本を作ることによって、現在7割から8割いるといわれている日本の学校教育を受けている在日の子供たちが「みじめな思いをしないように」という気持ちがこめられていることが伝えられていた。

 私はこの記事を読みながら、日系アメリカ人の経験を思い出していた。横浜市の大学で社会学を教えるようになる前の10年間(88年から98年まで)アメリカ西海岸で生活していたのだが、その間の日系アメリカ人達との出会いが私に「歴史」意識の重要性を目覚めさせた。

 88年は第2次世界大戦中の強制収容に対してアメリカ合衆国政府が日系アメリカ人に公式に謝罪し、1人につき2万ドルの賠償金を支払うことを約束した年であった。この年を契機にして、日系アメリカ人、とりわけ3世以降の世代を中心にして、アメリカ合衆国の歴史のなかに自分たちの歴史的経験をきちんと組込んでいこうという動きが活発になった。

 それまでのアメリカの歴史教科書には日系アメリカ人史はもちろんのこと強制収容事実さえも書かれていないことが普通だったし、しかも真珠湾攻撃を教える時には教師までもが日系人の生徒に向かって日本軍の行為の責任主体として反省をうながすような言動が見られたという。日系アメリカ人は自分たちの歴史的体験を取り戻し、自分たちがアメリカ合衆国で生活しているという現在の足がかりを強固なものにするために、1世(かなりの数がすでに亡くなっていたが)と2世に強制収容の体験を聞くオーラル・ヒストリーの運動を繰り広げ、その内容が歴史教育に反映されるように副読本を作っていったのである。

 今回の意識調査の結果では「自分の家族の1世の生活史を聞いたことがあるか」という質問に対する答えと在日の「民族」意識・「歴史」意識との強い関連が示唆されている。家族が来日したいきさつを聞いたことがある人は合計で全体の7割近くおり、「まったく聞いたことがないし、知りたいとも思わない人」はごく〓か(約3%)しかいない。

 世代別に見ると、1世、1・5世、2世では韓半島の歴史の方が在日同胞の歴史より興味があると答える割合が高いが、2・5世、3世、4世以降ではその割合が逆転し、在日同胞の歴史の方に興味関心が向くようになっている。韓国という「国」=「祖国」と一体化した形での「民族」意識から、在日同胞という共通の歴史、経験をもとにした一体感へと若年層の意識・関心が変化していることがうかがえる。

 金賛汀は『在日コリアン百年史』(三五館、97年)を執筆した動機の一つは「在日の人びとが在日とは何なのかと自問するとき、考える拠り所になるのはやはり在日の通史のようなものであろう。しかし、それがない」という現実であったと書いている。

 日本の学校教育を受ける在日は日本人の視点からのみ書かれた「日本史」史しか学べない。民族学校でも、「韓国(朝鮮)史」は学べても、「在日韓国(朝鮮)人史」という授業を受けるということはまだないのではないのだろうか。

 そんな現実の中での在日歴史副読本作成の意義は大きい。それは、在日の子供たちが、たとえば伊藤博文暗殺事件を歴史の授業で学ぶ時に安重根を「ヒトゴロシ」と呼ばれて惨めな思いをしない(7月18日付民団新聞コーヒーブレイク)というだけでなく、21世紀に「在日」としてどのように生きていくかという指針になっていくだろう。

 今から約20年前におきた教科書問題と今回とでは在日の反応に違いが見られるだろうか?20年という時間の流れは在日社会での世代交代を意味している。

 80年代には教科書問題をきっかけとして青年会による「我々の歴史を取り戻す運動」が盛り上がりを見せた。そして、20年後の青年会は教科書問題が再燃する前から2001年度の課題として「歴史を伝える運動」を始めてきた。

 その背景には、帰化者やニューカマーの増加やエスニック・マイノリティーをめぐる国際社会の動き等があると思われるが、今後ますます在日のもつ「歴史」認識が問われることになろう。

(2001.08.01 民団新聞)



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