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在日へのメッセージ

明珍美紀(毎日新聞記者)



80年代の青春

 柔和な顔で現れた。握手をした手は、スーツ姿に似合わず、ごつごつとしていて温かい。韓国の民主化運動を支えた一人で作家の黄ル暎さん(58)。金大中大統領の特赦で5年間の獄中生活から解放され、13年ぶりに書いた長編小説「懐かしの庭」の邦訳本が先月、岩波書店から刊行された。その祝賀パーティーで会った時のことだ。

 「反独裁」を掲げる雑誌の新人文学賞に入選し、19歳で文壇デビュー。労働の現場を歩き、大学中退後、海兵隊に入隊してベトナム戦争も体験した。光州事件など80年代の民主化闘争を経て89年、緊張高まる南北の打開の道を探りに訪朝を決行。独、米で亡命生活を送った後に帰国するが、「突然の訪朝」が罪に問われて投獄された。

 「この作家を釈放できないようなら、私が大統領になった意味はない」。就任当時の金大中大統領は、そう語っていたそうだ。

 「獄中ではどんな生活でしたか」。私の質問があまりに幼稚だったせいか黄さんは一瞬、拍子抜けした顔をしてから、「外に出たらどんな小説を書こうかと考えていました」と答えた。

 〈ああ、私たちはこの小さなバラをどのように記録することができるだろう〉。

 ブレヒトの詩の引用で始まるこの小説は、若き活動家と画家である恋人の女性を中心に、民主化運動を闘った80年代の若者たちの青春が描かれる。

 その苦難を乗り越えた人々が今、韓国社会を率い、新しい市民社会を模索する。

 「そのことを日本人にも、日本に住む同胞にも知ってほしい」。黄さんの目は輝いていた。

(2002.08.21 民団新聞)



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