民団新聞 MINDAN
在日本大韓民国民団 民団新聞バックナンバー
心の眼で見た温かい祖国
視覚障害者の夏季学校初参加

愛媛の陳由紀さん(中学2年)
発表会で流した涙は仲間とのふれあいの情


発表会でウリノレを歌う由紀さん


 在日同胞中学・高校生を対象として、毎年夏休み期間中に開催される「母国夏季学校」が今年も七月三十日から八月八日までの間、全国各地から計二百二十七人の学生が集って行われた。その中に今回全盲の障害を持つ一人の在日三世の女子学生が参加した。十日間におよぶ団体生活を通じ彼女はどんな経験をしたのか、また祖国とは彼女にとって何なのか。彼女の感じた夏季学校を振り返ってみた。

 陳由紀さんは愛媛県生まれの中学二年生。出生時から色素失調症の合併症を患い、一歳八カ月までに二度の手術を受けたものの、結局視力を得ることができなかった。県立松山盲学校を卒業後、昨年から親元を離れて筑波大学付属盲学校中学部に通いながら、同じ障害を持つ仲間と共に寮生活を送っている。

 父親の陳信之さんは「当初は全盲になると思っていなかったため、娘の視力が戻らないとわかった時、今後の教育について随分悩んだ」という。

 しかし担当医師に「視力がないだけで、普通の子供と同じように育てることが必要」とアドバイスされ、それからは「社会性を持ってもらいたくて」(陳信之さん)意識的にスイミングやモダンダンス、柔道など様々な集団の輪に入れた。

 由紀さんも最初は父親の教育方針につらい思いもしたが、そんな父親の思いが伝わったのか、多様な経験を積むことで何事に対しても積極的に向き合うようになった。夏季学校に参加したきっかけも、健常者に混じった本当の集団生活を経験してみたいと思い、自分から親に直訴した。

 由紀さんはこれまでにも家族で五回韓国を訪れているが、保護者も介助者もいない長期の旅行は今回が初めて。出発前、事前に配布された資料を父親が読み、それを点字訳して学習するほどの熱の入れようで、それだけ今回の祖国訪問に大きな期待を寄せていた。

 そんな由紀さんにとって夏季学校の様々なプログラムは、普通の人が目の見える分見逃してしまう音さえも、彼女にはとても新鮮に感じられたようだ。

 浦項製鉄所の見学では、鉄を急激に冷やす大量の水の音に驚き、その規模の大きさを実感し、民族楽器の演奏では聞き慣れないリズムと迫力を感じ、もちろん講演や説明には人一倍耳を傾けた。

 また移動中も様々な場所で座っている人が席を譲ってくれたり、雨が降ってくると傘を貸してくれたりするなど、韓国人の優しさに触れることもできた。

 しかし健常者の生活ペースや移動の多いハードなスケジュールが、由紀さんにとって必ずしも楽でなかったのも事実。実際極度の緊張と疲れで、期間中の数日間は食事もろくに喉を通らず、部屋で静養することもあった。

 同じ班や同室の学生たちも、障害を持つ友人と接する機会が少ないためか、介助の仕方などの勝手がわからず、上手くコミュニケーションが図れていない場面も見られ、彼女にとっては楽しいことよりもつらいことの方が多かった夏季学校だったという。

 積極的に自分のことをわかろうとしてくれる人、どう接していいのかわからない人など様々な人がいるのを肌で感じた十日間だったが、そんな彼女の思いを象徴したのが修了式直前に行われた班別発表会だった。

 他の班員と共にステージに立って最前列でウリノレを歌っていたが、突然途中で泣き出してしまい、見ている人たちを驚かせた。席に戻ってからも涙は止まらなかった。

 その時の涙の意味を尋ねてみると「日本語の歌詞を先生に教えてもらい、意味を噛み締めめながら歌っていたら、期間中の色んな思い出が頭をよぎって涙が出てしまった。みんな心配してくれていたけど、決して悲しくて泣いた訳じゃない」と恥ずかしそうに答えてくれた。みんなといっしょに練習し、やり遂げることができたこの発表会が、彼女にとって一番の思い出になったという。

 「うれしかったこと、つらかったこと、くやしかったこと、色んなことがあった。正直言ってつらいことの方が多かったけれど、それでも同じ班の中に点字を一生懸命覚えようとしてくれた友人がいたりして、うれしいこともあったので十日間やってこられたと思う。夏季学校が終わった今では全てが思い出に残っているし、この経験はきっと今後の役に立つと思う」と話す彼女に後悔はない。むしろ「高校になったらまた夏季学校に行きたいし、それまでにもっと自分自身で迅速に何でもできるようにしたい」と前向きだ。

 最後に「由紀さんにとっての韓国とは」と質問してみたところ、由紀さんは即座に「一番知ってみたい、もっと触れてみたい場所」だと答えてくれた。

(98.8.19 民団新聞)



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