民団新聞 MINDAN
在日本大韓民国民団 民団新聞バックナンバー
オリニの未来見つめて<13>
各地の保護者会・オリニ会の動き

大阪・高槻むくげの会


扇の舞を踊るオリニたち

 一九四四年十一月、高槻市成合地域で旧陸軍の地下倉庫建設工事が始まった。高槻、地下、倉庫の頭文字をとって「タチソ」と呼ばれる現場に労働力として投入されたのが、強制連行等で集められた在日同胞であった。

 戦後、当局は同胞らを居住地から強制退去させようとしたり、水質検査で不適格と判定されても水道を設置しないなど、劣悪な住環境に置いた。立ち退き訴訟と水道設置、この当面の課題解決を呼びかけたのが高槻むくげの会である。

 会は日本の植民地支配の影が色濃く残る同胞多住地域に、植民地下の抵抗の象徴で知られるむくげを会の名前に掲げ、七二年八月十五日に誕生した。会を動かし始めたのは、十四歳から十八歳までの中・高生だった。

 子どもたちは早速、差別改善のための交渉を開始した。市教育委員会に活動場所の建て直しなどの要求を突きつけ、市は七三年に活動費、学習費として十万円の予算を組み込んだ。子どもたちの勢いと切実な思いが、大人社会をつき動かした画期的な一歩だった。

 会発足の一つの契機となったのは、六九年に李敬宰代表(44)らが第六中学校を本名で卒業したことだ。当時は今よりも本名で自分自身をさらけ出し、日本社会に出て行くことは容易ではなかったが、日本人教師が同胞多住地域に積極的に入っていき、同胞の子どもたちから率直な思いを聞くという地道な取り組みを始めたことが背景にある。

 李代表らは在日同胞の歴史や差別の問題を学習会を通して学びながら自分を磨き、親たちの生き方を通してこれからの生き方をつかもうと、一世の生き様を聞き取り調査して歩いた。後輩たちの学力向上をめざした子ども会活動や教育の機会を奪われてきたアジメたちに日本語を教える識字活動にも着手した。

 社会に向けては、七九年に公務員の国籍条項を撤廃させ、八三年には非常勤扱いの子ども会指導員を市の正式職員に採用させた。八五年には「在日の教育は行政の課題。責任を持って対処する」との回答を市から導き出す全国初の「在日韓国・朝鮮人教育事業」をも勝ち取った。この年、外国人障害者福祉金制度も全国で初めて始動させた。

 「教育事業」は地域子ども会、民族文化講座をはじめとした会の教育分野の事業を市教委が引き継ぎ、学校子ども会の指導も在日同胞の市職員らによって行うというものだ。現在、会の事務局長を担っているのは金博明さん(32)で、専従五人の事務局とともに市民団体との連絡調整を行う。成合塾子ども会の指導員も経験してきた。

 金事務局長は「多住地域から同胞が分散していく傾向にある。在日をどう生きていくかを提示していかなければ」と語りながら、「民族だからおもしろい」をメッセージに、「タチソ保存」や従軍慰安婦問題へのアプローチをはじめ、在日外国人市民講座の展開を考えている。

 同会への連絡は、電話0726(71)1239、FAX0726(61)6054まで。

 保護者会やオリニ会活動に取り組んでいる皆さんからの情報をお寄せ下さい。

 電話03(3454)6375、FAX03(3454)4614。

(98.8.19 民団新聞)



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