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過去最高、観客動員1万人

ワンコリア・フェスティバル



 【大阪】在日同胞最大の密集地、大阪市生野区のコリアタウン一帯で7日、記念すべき15周年のワンコリアフェスティバルが開かれ、同フェスティバル史上初の一万人動員を楽々と達成した。舞台公演の会場となった市立御幸森小学校のグランドは、夕方までチャンゴやケンガリなどの民族の音が包み、コリアタウンの10店舗以上の店ではあわびがゆなど2000食を準備したが、「満員御礼」の売り切れ状態になった。

 今回は特に建国小学校、金剛学園と大阪朝鮮第四初級学校、御幸森小学校の民族学級の児童がそろって出場したほか、韓国婦人会大阪府本部のオモニコーラス、総連系の在阪オモニコーラス、韓国キョレハナ合唱団の初の共演が実現し、「在日」の南北と本国が一体に。それぞれ「これこそワンコリア、早く一つに」との願いを込めた。

 舞台の司会は『私が韓国へ行った理由』の著者、李淳美さんが淡いブルーのチマチョゴリ姿で1部、2部を通して担当し、ラジオのパーソナリティや歌手としても活躍する諸口あきらさんが二部から相方を務めた。最も盛り上げたのはソウルからやって来た風舞楽芸術団で、打楽器を打ち鳴らしながら舞台狭しと回転したり、屈伸したりのパフォーマンスと座ってじっくり音を聴かせる2部構成で客席を完璧に圧倒した。男たちの力強さとは対照的に、姜輝鮮朝鮮舞踊団Narusae飛鳥の少女たちは、華麗な舞で魅了した。

 鄭甲寿実行委員長は「午前中の1時間足らずでコリアタウンののり巻き1000食が売り切れたと聞き驚いてる。会場だけでも3000人は超えているし、何万人が来たか想像できない」と手応えを十分に感じていた。トリはおなじみの朴保バンドが、アボジへの愛を歌い、アリラン峠を越えて行けと歌いつなぎ、フィナーレの「ハナコール」へと昇華させた。

 大阪で産声をあげたワンコリアは、東京やニューヨークに広がり、今年の5月には鄭実行委員長自ら「38度線」に最も近い韓国・議政府に出向き、93年に同地で始まった同名のワンコリアフェスティバルとも連帯した。東京公演は12月25、26日の2日間、「新宿梁山泊」のテント公演を予定している。

(1999.11.10 民団新聞)



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