民団新聞 MINDAN
在日本大韓民国民団 民団新聞バックナンバー
21世紀の民族教育を見つめて

民族学校の現場から<21>



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「カナタラ」からのスタート
谷井久美子(金剛学園幼稚部)

 私は金剛学園の幼稚部で年中クラスを受け持っている。最初、今までの環境との違いがあり、また、韓国語やハングルがわからずに、とまどった。

 園児たちの多くが、韓国語と日本語の両方ができるので、日本語がわからない園児には通訳をしてもらっている。幼稚園には、保護者と先生との間に連絡帳という、「お帳面」がある。これには連絡事項などを書くのだが、韓国語でのやり取りもある。その時は、周りの先生方に助けていただいたり、辞書をひいて調べて読んでいる。

 このような事を毎日繰り返していると、よく使う言葉や文字などは少しずつ目や耳が慣れて覚えてきた。そして、「カナタラ」から勉強を始めている。今までに見たこともない文字、聞いたことのない言葉なので、とても難しく感じるが、自分自身が最近、「韓国語が話せるようになりたい、読めるようになりたい」と強く思うようになった。

 韓国語が話せたら、日本語が解らない子どもと対等に話すことができる。文字が読めて理解ができれば、連絡帳にも色々なことが書ける。自分の思っていることを自由に表現することができて楽しいだろう。時間はかかると思うけど、がんばる。

 子ども達から学ぶものは沢山ある。1枚の絵を描いた。例えば山を一つ塗るにしても、たいていの大人が山を想像すると緑や紅葉の色を思い浮かべると思う。しかし子供達は大人が考えもしないような色を塗るのだ。子どもは、とても想像力が豊かで、その絵を見た時、何か大切なことに気づかされたように思った。

 幼稚園の先生になることは幼い頃からの夢だったので、毎日が楽しい。私はとても背が低いので、子どもと同化してどちらが子どもかわからないくらいだ。子どもは正直なので、この遊びには興味を持ち楽しんでいるか、そうでないかは、目の輝きを見れば、すぐにわかる。その目の輝きが続くように、試行錯誤の日々だ。

 楽しむことは大切だが、私のモットーとして嘘をつくことは許せない。嘘をつく前に一言、素直に「ごめんなさい」と言えるように。そして自分がされたら嫌なことは、人にもしない。もし自分がされたら、と相手の気持ちになって考えられるような人に育って欲しいと願っている。

 4月から幼稚園の先生になったが、当初は本当にすべてが初めてで、驚きでいっぱいだった。そして、私にとって一番つらかったことは、「言葉」だった。園児が私に向かい何かを一生懸命に話してくれているのに、理解ができない時もあり、かわいそうやら情けないやらで、心が本当に痛かった。

 そのことがつらくて何度も辞めてしまおうかと考えたことがあった。でも、言葉の壁は最初からわかっていたことであり途中で放り出したくない。何より私自身の中でかわいい子ども達と離れたくないという気持ちが日に日に大きくなり、とにかくゆっくりでもいいから「言葉を早く覚えよう!」と思った。

 まだまだ未熟でたくさんの勉強をしていかないといけないが、自分なりに精いっぱい努力していく。

 幼稚園で過ごす私たちとのこの時間に、一生忘れられないような楽しい思い出を園児たちが作れるよう、私も子どもたちと共に成長していきたいと思う。

(2001.02.28 民団新聞)



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