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Home>> MINDAN 文化賞 2007年度受賞作品集
 

中学生・高校生の部 『優秀賞』

「キムチの気持ち」 (成本光陽/男/愛知県立旭野高2年/愛知県)

「もちろん皆は日本国籍だろうけど … 」

 これは今年、学校の保健の授業での先生の言葉である。きっと先生は何気なく、深い意味もなくおっしゃったのであろうが、この言葉に僕は不思議な不快感を覚え、心の中にずっと残ってしまった。家に帰り、この事を両親に話すと、「それはおかしいのではないか」と、真剣に考えてくれた。未だにはっきりとした答えが出ないのは在日であるゆえだと思うが、僕が日本人のみんなと同じように 17 年間生活してきたことは事実である。

 そもそも僕が在日韓国人だと知らされたのは、小学校の低学年の頃だったと思う。その時はまだ自分が「日本人ではない」という事に何の感情も抱かず、毎日、日が暮れるまで友達と遊んでいた。体や心が大きく成長するにつれて、「日本人でない」ことへの疑問もたくさん出てきた。なぜ、自分は在日韓国人なのか、なぜ、僕の家にはずっと日本暮らしなのに選挙権がないのか、など。

 全てに答えはないけれど、疑問が持てるということは、ある意味幸せなことでもあると僕は思う。疑問を持つことで、色々な事に気配りができ、人にやさしくなれると思う。と言うより、人よりも気付けることが多いと思う。だから今の自分は日本人がよかったとか、在日で生まれたくなかったなどとは思わない。むしろ言ってみれば僕には「祖国と母国」があり、どこか誇らしい。

 僕にとっての祖国は韓国。良いも悪いも先祖様が多くの歴史を作られた地だ。そして母国は日本。僕が生まれ育った地。僕の母にあたる国は、やはりここ日本だ。祖国も母国も辞書を引くと、同じく「生まれた国」と表記されている。自分の勝手な解釈ではあるが、両者とも僕の大事な「国」だ。

 僕の両親、特に父は祖国への思いが強く、厳格な人だ。高校 2 年の僕と今年 50 才を迎える父。意見が食い違い、反抗的な態度を時おり見せてしまう僕であるが、父の言うことは確かに正しい。

 先日、「パッチギ」という映画を鑑賞した。父に話を聞くと、あの映画で印象的な日本人学生と朝鮮人学生が毎日のようにけんかしていた時代を、父も生きてきたらしい。

 僕とは経験の豊富さが違う。見習い従うべく背中が父にはあるのだろう。法事の際には、普段見せない真剣で鋭い眼がそこには存在し、先祖や祖国を高々と思う心が僕らにひしひしと伝わってくる。

 僕の兄は高校まで日本名で通い、大学は本名で通った。当時、大学は本名で通すという決定には、父の半強制的な面もあったようだが、現在の兄は本名で通って良かった、堂々とできたと言っている。大学を卒業した兄はその後、韓国へ 2 年間留学した。高校時代、あんなに「韓国」を聞き流していた兄がすっかり韓国色に染まったのは、僕ら兄弟にも流れる祖国の血と父の影響が大きいと思う。だから、果たして僕の将来はどうなるかと思うと、少し好奇心が沸いてくる。自分も韓国には興味があるから。

 僕が生まれたのは平成 2 年で戦争が終わったのは昭和 20 年。もちろん僕は戦争を経験していないため、自分の心にはあの在日朝鮮人の祖国に対する熱狂的な思いはあまり芽生えてこない。かと言って、日本が国際化する一方で、そのそれぞれの思いを忘れ去られるようなことがあってはならないと思う。だから、僕らの若い世代が祖国に対して関心を持ち、それを行動に示すことがとても重要なことだと思う。少しずつでも個人が意識を持てば、持続する事ができると思う。これが何より祖国への親孝行だ。

 両親には本当に日々感謝です。今さらだけど、いつもありがとう。たまにはリビングで、一緒に韓国ドラマでも見ましょうか。

 今は部活に勉強に忙しいので、大学生になったら自分でお金を貯めて祖国に行き、先祖のお墓参りをしたいと思う。

 
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