| 梅、蘭、菊、竹を書いた水墨画のことを四君子という。ソウルや平壌にあった妓生学校では、これを習わせていた。当時の妓生が相手にする客には、上流階級の客も多く、したがって妓生にも歌舞音曲のほかに、詩歌書画のたしなみや鍼灸医術などの施術までが必要であった。
黄眞伊、梅窓、小栢舟などは皆詩歌に長じた名妓であり、豊臣秀吉の侵略があった壬乱の時、晋州矗石樓で倭将を抱えて南江に身を投じた論介や、桂月香、洪娘らは、政治意識の高い妓生であった。
歌舞音曲が妓生の本業ではあるが、妓生の還暦は30歳といわれるように、彼女達には若さと美貌が根本的条件であった。日本の芸者が牟玉からお披露目を経て一人前になるように、韓国では童妓から大人の妓生になることを「モリオンヌンダ」(髪を束ねてピニヨ=簪=をさすこと)という。
画・文
木丁・金龍煥
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