| 私の故郷では旧暦正月14日の夜、壊れた道路を直すか橋を架けると、その年の運が開けるといって、真夜中によく小さな土木工事が行われた。
しかし私の家では翌日の朝、物貰い(乞食)に特別の施しをすることで夜間作業に代えていた。私の幼い頃は、一家揃った乞食というより流浪民が、よく食事時を狙ってやってきたが、食べ物を運ぶ訳はいつも私が仰せつかった。当時は日本の植民地時代で「東拓」に土地を取られた農民が多く、乞食ならぬ流浪者として各地をさまよった挙げ句、満州の北間島べりに強制移民させられる例が多かった。
ある日、乞食にお膳を運んだ私は彼が食べ終わった空膳をもって帰るとき、彼がおいしそうに食べていた「スッカラ」(さじ)をそっとなめたのがばれて、後々まで家族の笑いぐさになったことがあった。
画・文
木丁・金龍煥
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