掲載日 : [2016-11-09] 照会数 : 11095
<第10回MINDAN文化賞>孝道部門優秀賞…金營姝(東京韓国学校高1・東京)
<第10回MINDAN文化賞>孝道部門優秀賞
「恭敬と愛、その温度差」
金營姝(東京韓国学校高1・東京)
「敬う心で親孝行するのは簡単でも愛する心で親孝行することは難しい。」
従弟の部屋で偶然この文句を見かけた。その瞬間、私の頭の中で一つの疑問が生じた。「親孝行とは敬う心でするのではなく、愛する心ですべきものだったのか」という疑問だった。私は親孝行をちゃんと実践していると思ったことはないけれど、でも親孝行についてよく知っていると思っていた。ところがこの一つの文章が親孝行に対する私の考えを完全に覆してしまった。
どうして敬う心では簡単で、愛する心では困難なのだろうか?よくよく考えてみると答えは簡単だった。誰かと真の愛で向き合うことは、誰かを敬うことよりはるかに難しいことだからだ。師範の日に手紙を書くのも、お祖父さんに一週間に一度ずつ電話をするのも、真の愛から始まった行動でなければ、ただ単に敬っているに過ぎない。他の人が強要しなくとも、いつの間にか強要されているということもありうる。我々の心の中に刻まれた〞礼儀〟という基準によって強要をされ、手紙を送り、電話をしたのであれば、それはただ恭敬の心に過ぎない。
親孝行の〞孝〟の字は、木を売ったお金でお母さんの好物とプレゼントを買いに行った息子が、寒いなか外に出て自分の帰りを待つ母に申し訳なく思い、母を背中におぶって家に帰る姿をかたどった文字だという。寒い冬に木を売って息子は母親のためにプレゼントを買ってくる。そんな息子を思い、母親が息子を迎えに出たとしても別段おかしくないと考えても良さそうだが、その息子は寒い中自分のために母を待たせるのは申し訳ないと考える。そんな気持ちで息子は母親をおぶって家に向かうのだ。真の孝行とは、このようなことを指すのではないだろうか?寒い中、母が少しの間立っていることさえも申し訳ないと思う息子の心、その温かい心が〞親孝行〟という字を表しているのだ。
昨年4月、母方の祖父が亡くなった。新学期が始まる前日、浮かれた気持ちでかばんを準備していた私と弟にはあまりにも衝撃的な知らせだった。ちょうど一週間前、韓国に訪問した際に病院まで挨拶をしに行ったが、それが母方の祖父との最後の時間だったと思ったら本当に涙がたくさん出た。
母の故郷に行く度に、畑に遊びに行こうとねだる私と弟の頼みを、体が不自由なのにもかかわらず一度も拒んだことがなかったやさしい祖父だった。それなのに私は母方の祖父になにもしてあげられなかった。だから余計に祖父を私の心の中から送り出すことができなかった。簡単な手紙一枚、靴下一足さえもプレゼントしてあげたことがなかったと思う。いや、電話一本すら自分から先にかけたことが無かったと思う。もし今私に一時間だけくれたなら、手紙を十枚、いや百枚だって書くことができるのに。
しかし、私はすぐに気がついた。親孝行のための時間というものは与えられるものではないということを。だから一時間与えられたとしても、二時間与えられたとしても、いや、一週間与えられたとしても、私は手紙一枚すら書くことができなかっただろうということを悟った。親孝行は計画して実践するものではないからだ。その瞬間にのみ、することが許されているのだ。先送りした瞬間、親孝行はできなくなる。だから母方の祖父の葬儀の後、私は一つの決心をした。「しようと思った事はその瞬間にしよう」。「親孝行」もここに含まれている。いや、親孝行のために、このような決心をしたのかもしれない。
母方の祖父はもういないが、祖父に受けたあふれるほどの愛が今でも私の心に残り、一つの誓いと変わったのだ。そしてこの切実な約束は私を変化させた。昔だったら何気なく見過ごしていたことにも気をつかうようになった。
会社から戻った父を見れば、帰宅したのであいさつをしなければならないという、形式的な枠組みにとらわれて行動するのではなく、父の疲れた表情と力の抜けた肩にまず視線が行くようになった。そして今は、親孝行ができる瞬間を逃すような愚かな行動はもうしない。「お父さん、マッサージをしましょうか?」。この一言が言えなくて、私の親孝行が単なる敬うだけの親孝行になってしまうかもしれない、この一言が言えなくて、また泣くことになるかもしれない。あのときの誓いをくり返し刻み、また、刻む。
以前、私は親孝行は満たされない器のようなものだと思っていた。少しだけだと目立たないし、たくさんしたら今度はいったいどこまですればいいのか分からない、そんなものだと思っていた。ところが、今は違う。なぜ、あえて親孝行を何かを入れる器だと考えたのだろう。親孝行は抱くものなのに。親孝行とは、愛する心で他の誰よりも暖かく包み込んであげることだ。
従弟の部屋の壁の前で一つの文章にとらわれしばらく動けなかった私を、皆変なものでも見るかのように眺めていたが、その瞬間だけは私は誰よりも心が温かくなり、誰よりも胸が一杯だった。寒い冬に母をおぶって行った息子の気持ちを少しだけ感じることができたように思えて。
(原文は韓国語)
(2016.11.9 民団新聞)