掲載日 : [2016-08-15] 照会数 : 4286
侵害 組織的かつ広範で深刻…「国連北韓人権報告書」日本語訳の刊行
[ 市民セクター訳、宋允復監訳。ころから。定価8000円+税。03(5939)7950 ] [ 4月7日に韓国入りした中国浙江省内の北韓レストラン女性従業員たち ]
国際社会の強い懸念表明
本書は北韓の人権侵害に関する国連調査委員会(COI)が2014年3月に国連人権理事会に提出した「北韓における人権調査報告書」の日本語訳である。原文の英語版、日本外務省による日本語版、韓国統一研究院による韓国語版を底本とした。
各国語版ともホームページにアップされている。だが、日本語にして約40万字におよぶ詳細な報告をモニター上で読むことは事実上不可能との考えから、より読みやすい「本」という形にすることで報告書の存在を広く知らしめたいと4月に発行した。
刊行に際しては、クラウドファンディングによって日本、韓国の70人以上から資金協力を得た。また、日・英・韓の言葉に精通した人々が「市民セクター」として集い、翻訳にあたったことにも留意したい。
1章「前書き」、2章「国連の委託した任務と調査委員会の方法論」、3章「北朝鮮の人権侵害の歴史的・政治的背景」、4章「調査結果」、5章「人道に対する罪」、6章「特に人道に対する罪の責任追及」、7章「結論及び勧告」の章立てになっている。
ころから編集部は「刊行にあたって」のなかで、本書は「非道・無法国家としての北朝鮮像をより強固にするだけ」のものではないとし、「北朝鮮自身が批准する国際法、あるいは自身が制定した法令に違反している状態」を「強く指弾」する報告書の構造は、日本における人種的差別撤廃のための法整備が実現しない状況に対する国連勧告と同じであるとも指摘している。
同報告書は国連総会が15年12月、安全保障理事会に対し、北韓人権問題を国際刑事裁判所(ICC)に付託するよう促した「北韓人権状況決議」の根拠ともなった。北韓の組織的かつ広範で深刻な人権侵害に対する国際社会の強い懸念が表明されている。
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一族支配の王朝
絶対服従の原則拡大…外部情報の流入増など脅威に
「首領制」が拍車
本書は「一族支配の王朝が党、国家、軍隊を支配」しているとし、「マルクス・レーニン主義的社会主義理論に基づくともいえる硬直した思想教義と大規模な治安組織がこの体制を維持している」と指摘する。それを可能にする歴史的な背景として儒教を重視した。
「儒教の諸原則が朝鮮文化に深く取り込まれている中で、北朝鮮ではその諸原則が金日成によって様々に利用され、彼の権威と彼の支配下にある朝鮮労働党の権威を強固なものにしていった」
つまり、伝統儒教における君主と臣下の関係を規定する原則が「指導者への絶対服従の原則として拡大解釈」されていったとの認識だ。
「金日成(とその確実な後継者)の称えるべき英知と善行の下にあるからこそ全国民が豊かで正しい社会に暮らせるのであるが故に、金日成(とその確実な後継者)は比類なき指導者であると位置づけた」首領制こそ、「北朝鮮内の人権侵害を抑制の効かないものとしていった」のだと言う。
北韓住民は数世紀にわたって、儒教を国教とする王朝支配、皇国史観による日本の統治を経て社会主義的な衣をまとう一族支配下に置かれた。南は平和と人権、国際社会との協調を重視した普遍的な価値観が支配する市民的空間を形成したのに対し、北はわずかな市民的活力さえ摘み取られて今日に至っている。
住民たちが人としての権利意識を育てる機会に恵まれなかったことも、人権侵害を容易なものにする一因になったと言わねばならない。だが、報告書は外部世界の風を取り込む風穴は着実に広がりつつあると分析した。
北韓は厳重に統制されたメディアで情報を支配し、外部情報の流入を徹底阻止してきた。高度な電波妨害機器を使って外国のテレビ放送をブロックするのもその一環だ。
ところが、「そうした電波妨害作業はエネルギー集約的であり、北朝鮮がエネルギー不足を抱えている状況で、その作業は限界に直面」している。
また、ラジオ放送の統制は、周波数の違いと大気条件や太陽活動に左右されて無線信号が変化するためはるかに困難だ。したがって、住民はラジオの所有を許可されていない。だが、カセットレコーダー(外国製)は許されており、それに付属するラジオ機能は事前に除去されるが、技術的知識のある住民は釘一本で回路を回復させ、海外からの放送を聴取する。
宗教活動に注目
宗教活動も注目に値する。平壌はかつて「東方のエルサレム」と称されるほどキリスト教活動が盛んだった。報告書は北韓の「公式統計」によればとして、「宗教を信じる人の数は1950年に200万人を超えていたが、2002年にはおよそ3万8000人に減った」とした。北韓の02年の全人口は約2300万人、50年のそれは約900万人であり、宗教人口はおよそ24%から0・16%に激減したことになる。
だが、90年代に「独自のキリスト教活動が増大した」と報告書は言う。「食糧危機が高まった時期に中国に逃げた人々が現地の教会と接触し、援助を受けるようになった」からだ。
「高いリスクにもかかわらず、北朝鮮で秘密裏に信仰を続ける20万人から40万人のキリスト教徒がいるとの推測もある」とした。
報告書は「市場の力が強まり、情報技術が発達し、韓国と中国からの情報とメディアの国内流入が増大したことで、国外の情報へのアクセスが可能になった」こと、「キリスト教の流布は、公式の個人崇拝を思想的に脅かし、社会的政治的な組織や交流の基盤をもたらすので、北朝鮮は特に深刻な脅威と捉えている」と指摘する。
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人絶滅させる行為
成分制度が進路決定…3階層51項目 「帰国者」は<敵対階層>
「拉致」にも言及
報告書の「キモ」となり、分量的にも大半を占めるのが4章「調査結果」だ。「思想、表現、信教の自由の侵害」、「国家指定の成分、ジェンダー、身体障害に基づく差別」「自国を離れる権利と追放の禁止を含む、移動と居住の自由の侵害」「食糧への権利違反と、生命に対する権利に関する側面」「恣意的拘留、拷問、処刑、強制失踪と政治犯収容所」「拉致など他国から強制失踪させられた人たち」の項目がある。
北韓が成分制度を公式化したのは57年とされ、住民は「核心階層」、「動揺階層」、「敵対階層」の三つに分類された。その後、66年から70年までの住民再登録事業によって三つの階層の下に51の下位項目を加えて細分化された。
成分制度は全住民の生まれたときからの進路を決定づける。「成分に基づく差別は、大都市、特に最高位の成分のエリートが集中する首都平壌の居住環境と、歴史的に低い成分の人たちが居住指定される遠隔地の居住環境との著しい違いに現れている。差別は、指導部にとって内外の潜在的脅威に抗して支配を維持する主要な手段であり続けている」
だが、「基本的な公共サービスが崩壊し、もしくは有料となっている状況で、財産もなく有利な成分もない相当数の人々はますます疎外され、さらなる差別にさらされている」ものの、「市場化が進み、お金によって人々が経済的、社会的、文化的権利をより享受できるようになって、複雑化してきた」ため、「成分は今や腐敗が生活のほとんどすべての側面に浸食した変化をとげる社会において、公共サービスや機会を利用するのに必要な要素のひとつにすぎないようだ」とも見る。
「平壌」を最優先
「障害を持って生まれたり、後天的に障害を負うと、その人と家族は平壌から追い出され、地方に送られる」「同様に平壌のイメージを汚さぬよう、病弱な人も平壌にいてはならない」「北朝鮮政府は、他の地方が飢えに苦しんでいようと、平壌市は生き残らねばならない」と考えている。
しかし、最高位の成分が集住するそんな平壌だけでも、数十万人のストリートチルドレンがいる、との証言(政府の関係部署で働いた元当局者の推測)を紹介している。
報告書は食糧問題について、中国が70年代末に国家経営の全農地を農民に分けたことに言及、北韓がこれにならって90年代に土地改革を行っていたら、一人も飢えで死ぬことはなかったと断定した。
また、食糧不足を知っていながら、94年に潜水艦、ミグ29、ヘリコプターなどを大量に購入した事実をあげ、この外貨の一部を食糧購入に当てていれば膨大な数の住民を救うことができたとし、これを「人を絶滅させる行為」だと手厳しく指弾している。
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脱北女性への仕打ち
「純血汚した」と憎悪…強制堕胎と新生児殺害も
中国による送還
脱北者には女性が圧倒的に多い。「組織が機能していなくとも、男性は雇用者に『所在を知らせる』義務がある」が、「国家に有給で雇われていない多くの女性は、男性と比べ、より長期間発覚せずに移動できる」からだ。それだけに、脱北に失敗した女性への仕打ちにはむごいものがある。
中国から送還された脱北者は男女の別なく、全裸の身体検査を強いられる。被服を身ぐるみはいで法廷で使う証拠品を押収するのが目的ではなく、被害者が隠しているかも知れない金銭を没収し、盗み取る目的で行われる。
ポンプとよばれるスクワットを何回もさせられ、排便をしないと殴られる。看守は糞便のなかまで調べるのだ。女性は手を使って肛門ばかりか膣までを探られる。これを男性看守が行う場合も少なくない。
強制堕胎と新生児の殺害も当たり前になっている。中国で妊娠した脱北者は、すべてが中国人の子どもを身ごもったとの前提で強制堕胎させられ、もし出産すれば子どもは殺されるのだ。父親について質問されることはない。
元国家安全保衛部員は、「朝鮮人の純粋な血」という概念が北韓の国家精神のなかに依然として存在すると調査委員会に説明した。純血でない子どもをもつことはその女性を「人間以下」にするとのことだ。
韓国の国家人権委員会が行った2010年の調査で、北韓の母親から生まれた子どもの数は中国国内で2〜3万人におよぶという。母親が不法滞在であるために、実質的に出生届、国籍、教育、医療の権利が奪われているからだ。現在の中国政府の方針の下では、母親を送還のリスクにさらすことなしに出生届を出すことはできない。
6章には「1959〜1984年『地上の楽園運動』中、日本から北朝鮮に移住した朝鮮人と日本人の強制失踪」の項目も設けられた。北韓の人権問題のなかにあってでさえ、北送事業がいかに悲惨なものであったかが分かる。
報告書は「在日朝鮮人の暮らしは差別のために日本人より厳しかった」のに反し、「北朝鮮は『労働者の楽園』と呼ばれていた」とし、「帰国運動の専門家で人道活動家」の加藤博氏が調査委員会の公聴会(東京)で、「総連ばかりでなく日本のメディアもこれらの夢をおだて上げて10万人にもおよぶ人々を北朝鮮への移住に掻き立てた」と説明したことを紹介した。
「帰国者」やその親族に不安がなかったわけではない。だからこそ、「検閲があったにもかかわらず、彼らが日本の家族に送った、暗号化し、意味をぼかした言葉を使った手紙で北朝鮮の直面する問題と困窮が伝えられた」のだ。報告書では、きわめて用心深く、本心を切手の裏に書いた事例も紹介された。「来るな」の一言に胸が詰まる。
「帰国者」たちはほぼ例外なく「敵対階層」に括られた。報告書には「90年代、日本からの送金が徐々に少なくなってくると、日本人『帰国者』の特権も終わりを迎え」、「帰国者」たちへの差別はより激しくなる。「罪を犯した場合の処罰は一般住民とは比較にならないほど厳しく、政治犯収容所に送られるリスクがより高かった」のが実態だ。
国際法廷設置を
調査委員会は「帰国者」を含め、「1950年から1980年代後半の間に北朝鮮に連れてこられた被害者の数は全体で20万人を超える」と推算している。
報告書は「国連は、北朝鮮内の人道に対する罪の首謀者に対し、責任を確実に取らせなければならない。この目的を達成するには、安全保障理事会による国際刑事裁判所への付託や、国連による特別法廷の設置等の選択肢がある」と強調した。
(2016.8.15 民団新聞)