国際基準の規範を
市民の共通認識めざして
日本社会における排外主義や人種差別(レイシズム)の問題は、一昨年(2013年)来からは所謂「ヘイトスピーチ」問題として社会の注目を集めてきた。そのため、法律家間の議論においても「ヘイトスピーチと表現の自由」といったかたちで問題設定される例が多く見られる。
もちろん、このような問題設定のあり方が間違っているわけではない。しかし、「人種差別」に関する国内法整備問題は、「ヘイトスピーチと表現の自由」や「ヘイトスピーチ規制の是非」だけの問題ではない。昨年(2014年)8月に国連人種差別撤廃委員会から日本国に対して出された勧告では、ヘイトスピーチを規制すべき旨の勧告もされたが、その前に日本国内で「包括的な人種差別禁止法」を整備すべき旨が勧告されているのである。
条約加盟後も後続措置不在
人種差別撤廃条約では、「人種、皮膚の色、世系又は民族的若しくは種族的出身にもとづくあらゆる区別、排除、制限、優先」が「人種差別」であると定義されている(この条約上の定義により、在日韓国人に対する差別的取扱いも「人種差別」となる)。そして、人種差別撤廃条約は、本来は人種差別禁止法を整備することを前提に加入するべきものである。
にもかかわらず、日本にはヘイトスピーチ規制法どころか人種差別禁止の基本法すら存在しない。そのため、人種差別を放置し、許容し、助長し、誘発する「空気」も、社会に蔓延し続けている。 もちろん、誰しもが「人をその生まれや民族的な属性で差別してはいけない」と、口では言う(ヘイトスピーチ・デモの参加者も言っている)。しかし、社会が、人種差別に対して具体的にどのような姿勢や行動を示すのかは、規範として公的に宣言する必要がある。そして、行政や司法、市民が依拠すべき規範があってこそ、規範を支える社会の「空気」も醸成される。
差別的な横断幕Jリーグが断罪
2014年の春、あるサッカー・Jリーグの試合会場で、サポーター席に入るゲートに「JAPANESE ONLY」と書かれた横断幕が掲げられる事件が起こったが、注目すべきは、事件後の対処である。Jリーグは試合中に横断幕を撤去しなかったクラブ(チーム)側に対してFIFA(国際サッカー連盟)の規定にもとづいたルールを適用し、1試合を無観客試合とする処分を下した。
また、クラブ側は横断幕を掲げたサポーターにスタジアム入場禁止等の措置を取った。「表現の自由」云々が議論の俎上にのぼることもなく、このように厳正な対処が行われたことは、Jリーグにおいて「人種差別はいけない」との国際人権基準に適合した規範があり、それを支える「空気」が存在することを示している。
われわれも住まうこの社会は、2009年の京都朝鮮学校襲撃事件や、数年来にわたるヘイトスピーチ・デモ等の排外主義行動を放置し続けてきた。そのことが、被害者をはじめとするマイノリティー当事者たちにどれほどの苦痛を与え、そしてこの社会にどのような「空気」をもたらしてきたかを考えれば、「人種差別はいけない」という姿勢や行動を、社会が示さなければならない時期に来ている。
サッカースタジアムの外においても、国際人権基準に適合した規範が整備されなければならないのである。
(趙學植 法曹フォーラム会員)
(2015.1.15 民団新聞)