掲載日 : [2016-03-16] 照会数 : 4085
金正恩政権を締めあげる広範な制裁着々
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韓国が独自追加措置
海運萎縮ねらう…77団体・個人を「指名手配」
韓国政府は8日、北韓に対し開城工業団地の全面操業停止(2月11日)に続く独自制裁措置を発表した。5・24措置の強化を中心にすえ、国連安全保障理事会の新決議(2270号)の補完、さらには米国や日本、EU(欧州連合)などの独自制裁との相乗効果をねらう。
5・24措置は、北韓が韓国哨戒艦「天安」を爆沈(2010年3月)させたことに対する制裁として発動された。▽北韓船舶の韓国領海運航不許可▽南北交易の中断▽開城工業団地と金剛山以外の訪北不許可▽北韓に対する新規投資不許可▽人道的な支援を除く北韓支援事業の保留が主な内容だ。
だが、一方で南北関係の改善を追求しなければならず、交流・協力の扉を長期にわたって閉ざすことはできない。初年度以降は柔軟に運用されるようになった。この措置を再び厳格に適用することになる。
5・24措置が実施されてから昨年10月までに、北韓産物品を偽装して国内に持ち込もうとして摘発されたのはわずか71件。これは取り締まりが形式の域をでていないからだ。今後は原産地確認と国内市場の取り締まりを強化する。
中国東北地域をはじめ12カ国で約130店が営業し、年間11億円ほどの収益をあげる北韓飲食店の利用自粛も明文化した。同飲食店の利用者の大半は韓国人であり、5・24措置の「北韓住民との接触制限」を厳密に適用しようとするものだ。
これらに比べ、海運制裁が北韓に与える影響は大きいと見られている。その柱が、北韓に寄港した外国船舶の入港を180日間禁止する措置だ。船舶はふつう6カ月以上の契約で運営される。第三国の船籍でも実質的には北韓所有の便宜置籍船の入港も禁止する。各国の船会社は韓国に就航するために、北韓との契約を避ける傾向が強まろう。
昨年だけでも、北韓に寄港した外国船舶66隻が韓国に104回入港した。日本もすでに同様の制裁を科しており、経済的メリットから韓日両国を無視できない外国の船舶は今後、北韓への寄港を敬遠するほかなく、結果的に北韓の交易は萎縮に追い込まれる。
独自措置で目を引くのは、韓国の金融機関との取引を禁止し、韓国内の資産を凍結できる金融制裁の対象に、北韓や第三国の34団体・43個人を指定したことだ。これまでは第三国の4団体・3個人だけで、北韓の団体・個人を対象にしたのは初めてになる。
軍事挑発主導した金英哲書記も含む
そのなかにはたとえば、対韓国政策を担う統一戦線部長で労働党書記の金英哲が入った。「天安」爆沈、同年の延坪島砲撃、昨年8月の非武装地帯(DMZ)における地雷爆発事件など数々の軍事挑発を主導した人物とされる。韓国政府は北韓に、対韓国政策の担当者を交渉相手として認めないとの強いメッセージを送りつけた。
安保理による資産凍結や海外渡航禁止などの制裁対象は、新決議が追加指定した28団体・個人を含め60団体・個人を数える。これをリストアップするうえで、北韓情報を蓄積してきた韓国が大きな役割を果たした。韓国がその国連リストより17団体・個人も多く対象としたのは、実質的な効果が直ちに見込めないとしても、問題視すべき団体・個人を「国際指名手配」することで、世界各国による北韓の違法活動の監視強化につながると期待するからだ。
韓国政府はまた、「北韓の大量破壊兵器開発の特性を考え、実効的な輸出統制基準を準備する」とし、監視対象品目を独自に作成、国際社会に周知させたいとしている。北韓ミサイルの残骸などを回収して分析を重ねてきた韓国には、武器開発に転用されてきた品目についても情報が多い。このリストを提供すれば各国も統制基準をつくりやすいとの判断がある。
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北韓の卑劣な報復
残置資産を接収…開城工団だけでも1100億円
韓国の独自制裁への報復として北韓は10日、「北南の間でこれまで採択、発表された経済協力および交流事業に関するすべての合意は、この時間から無効になることを宣布」した。「相手が投資した資産に対する国有化や接収はしない」などと取り決めた「南北間投資保証に関する合意」など109件が対象になる。
北韓はそれに基づいて「南側企業と関係機関すべての資産を清算する」とも宣言した。
2月10日に操業が全面的に中断された開城工業団地には、およそ1100億円の資産が残されている。進出123社が所有する施設や機械などが526億円、撤収するにあたって持ち出せなかった製品や原材料、資材などの在庫が231億円になるという。
また、韓国政府や韓国電力などが現地に建設した付随インフラも341億円におよぶ。工団内の道路や上下水道、浄水や排水の施設、下水処理場、廃棄物処理場、変電所、15階建ての総合支援センター、技術教育センター、さらには託児所、消防署、救急医療施設などの建設に充てられた。
工団は外部と隔絶された存在であり、韓国の資本によって独立性・自立性の高い体制が整えられていた。北韓は5万5000人ほどの労働者を従事させてきたが、その通勤バス303台も韓国の所有だ。開城のほかにも金剛山の観光施設が394億円、その他地域に79億円相当が残っている。
海外に売ろうにも買う国はないはず
通勤バスはすでに転用されていよう。だが、ほとんどの資産は転用や処分が容易ではない。開城工団の稼働電力は韓国が供給してきた。操業中断と同時に送電もストップしており、このままだと機械は6カ月ほどで錆つくと言われる。各種資産を保守・管理するコストは北韓にとってかなりの負担であり、海外企業への売却をめざすほかない。
しかし、国際社会は北韓に対する制裁を強めているさなかであり、売却・提携先を獲得するのは困難と見られている。韓国政府は北韓の清算発表に対し、「見過ごせない挑発行為だ」とし、「韓国国民の大切な資産に絶対手をつけてはならず、それにともなう責任を負わねばならない」と釘を刺した。これは、北韓に対する警告であると同時に、国際社会に対しては取扱注意を促す「告知」ともなる。
安保理の厳しい新決議採択に主導的な役割を果たし、強力な独自制裁をとった韓国にとって、北韓の資産清算措置は織り込み済みだ。残置資産が約1600億円と膨大であるにもかかわらず、韓国が一連の決定に踏み切ったのは、大量破壊兵器の破棄へ北韓に今度こそ打撃を与えねばならない、そのためにはまず自らが身を切って国際社会の協調を引き出さねばならない、との覚悟からだ。
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狭まった抜け道
鉱物禁輸は深刻…労働力輸出 EU、搾取調査へ
安保理の新決議や韓米日3国などの独自制裁が有機的に結びついても、中国による原油供給をはじめ北韓の生計のための鉱物資源輸出、衣料品や労働力の輸出にまでは禁止の網がかぶされていない。抜け道や迂回路が残されているだけに、制裁にどれほどの効果があるのか疑問視する声がつきまとっている。
それでも、非軍事では国連史上でもっとも強力な、異次元の制裁として効果を示すことになるのは確実視されている。その眼目が鉱物資源の禁輸だ。韓国統計庁によれば、北韓の14年度の輸出総額は31億㌦で、鉱物が12億㌦だった。これが北韓経済に占める比率は13%程度とされ、鉱物輸出が一切できなくなれば、成長率は4・3%下落するとされる。
生計のための輸出が禁止されていないことから、出荷量は主たる取引先である中国の腹三寸によって左右されることは否定できない。中国がどのようなガイドラインを示すのか、まずは注目されるところだ。だが、北韓で鉱物資源の採掘・輸出にかかわる企業の7割以上は軍や党の所属と分析されている。こうした企業の扱い分を非生計型とは見なせまい。
北韓が企業の所属を変えて偽装し、制裁を回避しようとするのは間違いない。中国はそれをも勘案し、国際社会に対する体面からしても7対3を一定の基準として無視できないだろう。しかも、小規模取引に限定する厳格さが要求されよう。7割減にまでは踏み込めず、仮に5割減にとどまったとしても、効果はきわめて大きいと展望されている。
利権めぐる争いが多発するとの見方
北韓における石炭産業のすそ野は広い。巨大国営企業の周辺には、採炭や運搬を請け負う「石炭基地」が数多く存在する。これは、トンジュ(金主)と呼ばれる新興成金らが投資し、軍や党の傘下企業の看板を借りて設立した会社のことで、市場経済方式で運営されている。「石炭基地」に付随するガソリン販売、機械や運搬車両を修理する企業も多い。
石炭輸出の減少による影響は、搾り取られる余地がすでにない労働者より、トンジュや権力周辺の有力者に大きな打撃となり、軍・党の幹部にも深刻な影響をもたらす。利権をめぐる争いが多発するとの見方も強まっている。
北韓の経済を下支えするのは生活必需品を商う市場だ。工業製品の7割、農産物の5割ほどが中国から輸入されている。鉱物資源の輸出量が目立って減ることになれば、それを補う外貨稼ぎの新たな手段が限られているだけに、中国からの輸入原資にも不足し、購買力となって市場を潤してきた特権層の収入も先細りする。市場の回転が鈍くなるのは自明。
北韓の鉱物資源に続く輸出品目の衣類製品や海外への労働者派遣は、直接の制裁対象になっていない。したがって中国など外国企業の下請け加工オーダーや労働力の輸出を増やそうとするだろう。だが、ここにも壁が築かれつつある。
北韓と中国の貿易に詳しい関係者は、「北韓で委託生産した商品を韓国などに輸出する中国の業者にとっては、韓国や米国、日本などが原産地を追跡し、そうした製品に独自の制裁を加えることになれば被害が拡大する」と心配し始めた。この独自制裁はすでに世論化しており、韓米日3国の視野にも入っている。
安保理の新決議は「北韓住民が強いられている深刻な苦難に深い懸念を表明する」とし、北韓の人権問題に初めて言及した。韓国政府はこれを北韓の人権蹂躪に対する制裁根拠にすえ、約50カ国に最大で10万人ともされる派遣労働者の過酷な強制労働を問題視する考えだ。
EU議会の雇用・社会委員長は「EUの加盟国マルタで北韓労働者が極端な労働搾取に苦しんでいる。そうした衝撃的な搾取がEU内で行われることは容認できない」と明らかにし、ILO(国際労働機関)がどのような対策を打ち出すか回答を待っていると伝えられる。炭鉱に北韓労働者約2000人を従事させているポーランドでは、新制裁決議を受けての対応が論議されはじめた。
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外交官もターゲット
追放・逃亡増えるか
北韓の外貨稼ぎのエリート部隊である外交官周辺にも異変が生じている。安保理新決議は「北韓が外交関係に関するウィーン条約の下に与えられた特権および免除を乱用していることに引き続き懸念を表明」した。これをより厳格に適用しようとする動きが強まっているからだ。
米国が独自制裁の対象とした駐ミャンマー大使はすでに追放されており、駐エジプト大使もいずれ追放される可能性が高いという。北韓と友好関係にあるミャンマーも例外ではなかったように、違法活動を繰り返す北韓外交官への締め付けが厳しさを増すのは間違いない。
ほとんどの外交官は駐在国と北韓を往来するために、中国かロシアを経由する。稼いだ外貨はなかでも、中国を経由することが多い。外交官パスポートを見せれば難なく通関できたからだ。今回の制裁には多額の外貨を運ぶ行為を処罰する条項が含まれており、外交官にもダメージとなる。
韓国に逃れてきた北韓外交官は13年が8人、14年が18人、昨年も18人だった。格段に厳しくなった制裁のなかでも、忠誠資金という名の外貨獲得ノルマを強要せざるを得ない金正恩に、見切りをつける外交官が増えるだろう
(2016.3.16 民団新聞)