掲載日 : [2016-04-06] 照会数 : 4457
<書評>揺れる北朝鮮、金正恩のゆくえ…まさに時限爆弾
[ 朴斗鎮著/花伝社/定価・本体2000円+税/03(3263)3813 ]
金正恩体制「7つの矛盾」
北韓・金正恩政権は昨年10月に36年ぶりとなる党大会(第7回)を今年5月に開催すると発表して以来、「人民生活の向上と強盛国家建設に大飛躍を起こそう」などのキャンペーンを展開し、金正恩自らも今年の新年辞で、核開発を同時に進める「並進路線」に触れることなく、党大会の成功に向けた経済や民生の向上を重点課題として提示した。
北韓の党大会は、軍事や政治、統一政策について新機軸を打ち出すことを上部構造とすれば、中長期的な経済計画や人民生活向上のためのビジョンを示すことを下部構造としてきた。党大会の長き空白は、その肝心の経済・民生で実績がなく、展望も描けなかったことを意味する。そうした経緯から、金正恩の新年辞を経済優先で党大会に臨む意思の表明と受けとめる傾向があったのも無理はない。
しかし、4回目の核実験と長距離弾道ミサイルの発射を強行し、党大会「成功」への条件づくりと逆行する暴挙に出た。なぜか。国際社会の制裁・圧力が格段に厳しくなることを、北韓・金正恩政権が知らなかったはずはない。それが致命傷になりかねないことを、想像できなかったはずもない。
北韓と金正恩に関する「?」は減ることなく、ここにきてむしろ増えている。こうしたタイミングで本書は発刊された。眼前のいくつもの「?」に対する答えを探すうえで大きな助けになろう。 「揺れる」との表題こそ穏やかだが、金正恩体制が抱える宿命的かつ構造的な弱点を明らかにしている。「改革開放に舵を切らず、このまま恐怖政治と核兵器による脅迫外交を続ければ、(金正恩は)間違いなく金王朝のラストエンペラーとなるだろう」とし、その宿命的な弱点として七つの矛盾を指摘した。その第一は、金正恩の未熟な資質と首領絶対制という強大な権力システムとのかい離だ。
2代目の父・正日は1964年に党中央委員会入りし、73年に党ナンバー2になるまで10年間の「後継授業」期間があり、80年の第6回党大会でその地位を内外に示したのが38歳だった。以後94年の金日成死亡までの約20年間、父子共同統治を通じて実質的に君臨した。
それにもかかわらず、正日が公式に権力継承を完了したのはその3年後の97年だ。その間には、世襲に対する批判を強く意識し、「資質と品性を備えた人物が後継者になることは世襲とは言わない」などとする「後継者論」を編み出して幹部学習を徹底させる慎重さを見せた。
用意周到に準備に準備を重ねた父・正日とは違い、正恩は09年に後継者に内定されると、「後継授業」も共同統治の経験もほとんど積まないまま、11年12月の正日死亡からわずか4カ月で権力継承を終えている。
世襲批判を気にかけることも、「資質と品性」が「検証」されることもなく、「白頭の血統」だけで最高指導者になったのだ。しかも、張成沢などを処刑して正日が整えた後見人体制も葬り去っている。
絶大な「党中党」その関係に注目
著者は正日と正恩の権力継承過程の違いを丹念に追い、正恩の「経験不足」「自身と母親(在日帰国者)の出自」に対するコンプレックス、「攻撃的」で「独断的」、「不可測性」、「猜疑心が強い」などと評される性格にもメスを入れていく。
著者がとくに注目するのは、絶大な権限を集中させて「党の中の党」になった組織指導部と正恩との関係だ。そこには、矛盾を克服しようとして新たな御しがたい矛盾を生む北韓の現状が映し出されている。
七つの矛盾として他に、頻繁な人事と支配層の急激な世代交代による新旧世代の対立、首領独裁維持のためにその反対側に位置する私経済を利用せざるを得ない現実などをあげた。著者はこれらを時限爆弾に等しいとし、どこか一つが爆発すれば連鎖反応を起こして金正恩体制は崩壊に向かうと断じる。
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プロフィール
朴斗鎮(パク・トゥジン)1941年大阪生まれ。朝鮮大学校政治経済学部卒。同教員などを経てコリア国際研究所所長。デイリーNK顧問。著書に『北朝鮮 その世襲的個人崇拝思想‐キム・イルソン主体思想の歴史と真実‐』(社会批評社)、『朝鮮総連‐その虚像と実像‐』(中公新書ラクレ)、『友愛ブックレット 韓国・北朝鮮とどう向き合うか』(共著、花伝社)など。
(2016.4.6 民団新聞)