民団は在日同胞社会に本国への投資を勧誘・推進し、韓国の産業化と経済発展に貢献してきた。 その代表的な例が、韓国初の輸出産業工業団地である「九老工団」(九老洞輸出産業工業団地=現在のソウルデジタル産業団地)の造成と投資であるといえる。 1967年に竣工した九老工団は、当時最先端の産業団地として、輸出を通じて韓国の経済発展を牽引した象徴的な存在だった。 1970年代には年間平均で約37%の輸出増加率を示し、1980年代中盤まで韓国の全輸出額の約10%を占める、いわば輸出の前進基地だった。
在日同胞社会は工団の設立当初から深く関わっていた。民団は62年に在日韓国人商工人連合会を設立し、母国の経済発展寄与を主要綱領とした。そして韓国政府に対して輸出産業工業団地の設立を提案した。 これに対し、政府が在日同胞の輸出産業の誘致を主目的として設立したのが九老工団だった。 出帆初期、工団に入った企業の約70%は在日同胞企業だ。 業種を見ると、電気、電子、化学、肥料、繊維、金属など、当時としては最新技術と設備を必要とする分野だった。 これらの企業は輸出によって直接外貨獲得に貢献しただけでなく、先端技術と経営のノウハウを移転した。
このような業績を可能にしたのは、祖国の経済発展に寄与しようという愛国心だった。在日同胞は亀尾工団や馬山輸出自由区、安山の半月工団などにも進出していた。 民団が74年に設立した在日韓国人本国投資協会によれば、70年代の在日同胞の投資額は、当時の外国資本による韓国投資総額を上回っていた。それだけ、韓国経済発展の初期段階で重要な役割を果たした。