
この法律の成立後、多くの自治体において、この法律を基盤として条例が成立した。
例えば、東京都が2019年4月に制定した「東京都オリンピック憲章にうたわれる人権尊重の理念の実現を目指す条例」の第8条では「都は、本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律第四条第二項に基づき(中略)不当な差別的言動の解消を図るものとする」と明記しており、ヘイトスピーチ解消法を基礎としている事が明確に理解できる。こうした条例の制定事例は30を数える。
多くの地方議会での条例制定過程において、この法律は確認・参照されてきた。また、この法律の成立以前に頻発していたヘイトデモは、現在ではあまり見なくなった。未だ根絶されたとは言えないものの、現在では大きく減少しており、ヘイトスピーチ解消法がヘイトデモの鎮静化に一定程度寄与しているのは間違いない。これらは、この法律によって「できた事」だと考えて良いだろう。
しかし、まだまだ課題は多い。この法律は成立当時から一貫して指摘されてきたように、罰則規定がなく実効性は乏しい。そして、この「弱点」は、この法律を土台として成立した数多の条例にも承継されている。
現在、罰則を備えた条例は神奈川県川崎市及び香川県観音寺市の2例の他に存在しない。また、川崎市では今なおヘイト街宣は散発的に続いており、実効性が十分とも言い難い。どの程度の「強度」の罰則規定があれば、十分な実効性を得られるのか。
例えばドイツでは、刑法130条(民衆扇動罪)によってヘイトスピーチは規制されており、その罰則も「3月以上5年以下の自由刑」とされている。またカナダでは、ジェノサイドの扇動は「5年以下の自由刑」(カナダ刑法318条)、公共の場での憎悪扇動は「2年以下の自由刑」とされている(同319条)。アメリカでも、ジェノサイドの扇動を「50万㌦以下の罰金もしくは5年以下の自由刑」と定めている(合衆国法典第18編第1091条)。
現在、日本国内で最も重い罰則を課している川崎市条例は「50万円以下の罰金」とされているが、これらの立法例に比して考えれば、実効性が十分とも言い難いだろう。
他方、日本では条例によって制定できる罰則は「2年以下の拘禁刑、100万円以下の罰金(中略)又は五万円以下の過料」となっており(地方自治法14条3項)、これを超える場合は国会の立法が必要となる。必要十分な実効性を得るにはどのようなアプローチが必要なのか。
実際に起きた『事件』と『被害』についても顧みる必要がある。これまでに確認されている差別排外主義に関する事件は多数に上るが、京都ウトロ地区放火事件(21年)、民団奈良北葛支部放火事件(21年)、民団愛知放火事件(21年)、民団徳島脅迫事件(22年)、コリア国際学園(大阪)放火事件(22年)、東京韓国文化院放火事件(15年)などは記憶に新しいところであろう。
「放火」という極めて危険な犯罪が、何度も起きている。これらの犯罪行為は、デモや街宣などの表現行為(Speech)ではないため、ヘイトスピーチの規制のみでは抑止効果はほとんど期待できない。また、民団徳島脅迫事件のような「脅迫」も、扇動表現を処罰するヘイトスピーチ規制法では対象に含まれない可能性が高い。
諸外国では所謂ヘイトクライム法(差別を動機とした犯罪の量刑を重課する法律)によって差別犯罪の対策を図る場合が多いが、日本社会ではヘイトクライム法はほとんど議論もされていない。実際に起きた『被害』に立脚し、どのような対策が必要かを、ヘイトスピーチ規制という方法のみに拘泥することなく、今後も考えていかねばならない。