掲載日 : [2021-06-07] 照会数 : 16479
【新刊紹介】元在日が語る2度の脱北体験「冷たい豆満江を渡って」
元在日同胞がつづった2度にわたる脱北体験記。97年は当時まだ病弱だった3男を連れ中国・吉林省に逃れたものの、北韓の秘密警察、保衛部に拉致される。取調官によれば「帰国者」が逃亡したのは当時、著者が初めてのケースだったという。「最初だから許してやるが、2回目はない」とクギを刺した。
2回目も脱北に失敗。1回目同様、同じ境遇の脱北者からの密告が決め手となった。3男、長女とともに吉林省図們市にある脱北者専門の拘置所に拘留された。
著者は「処刑」を覚悟したが、看守長から「北朝鮮に送還する対象ではない」と告げられる。著者が中国で救援NGOと出会っていたことが幸いした。
解説を書いた評論家の三浦小太郎さんは、「恐らく日本政府からの通達が届き、北韓への強制送還を免れた」と推測している。
著者は1960年6月、中学を卒業して間もなく両親ともども北送船に乗船した。「帰国」に父親は積極的、母親は大反対した。懐疑的だった著者は「嫌なところだったら、帰ってくればいいと安易に考えていた」。
しばらくして総連祖国訪問団の一員として兄がやってきた。兄は弟や妹を前になにかほしいものはないかと聞いた。著者は胸の中で「そのスーツケースに入れて私を日本に連れていって。それが本当の願いごと」とつぶやいた。
著者が脱北を決意したのは94年の金日成の死去だった。命の綱だった配給が途絶え、日本にいる兄からの仕送りも途切れ始めていたときでもある。「この国を出るには今しかない」と決意を固めた。
脱北者拘置所での新入り差別、スパイによる監視・密告制度、脱北者を金稼ぎの道具に利用しようとする一部の中国朝鮮族の存在といった負の側面ばかりか、追放先の僻地で出会った住民たちの温かな相互扶助精神など、著者が自ら見聞きした北韓内部の社会事情が生々しい。
梁葉津子著、税別1500円。ハート出版(03・3590・6077)。
(2021.06.09 民団新聞)