

「韓国文学、日本文学と分けて考えるのではなく、良い文学作品を紹介する。その気持ちでクオンとチェッコリを運営してきました。いまもそれは変わりません」
出版社クオンの代表でブックカフェCHEKCCORI(チェッコリ)も営む金承福さんは、笑顔で語った。24年10月、韓国の作家ハン・ガンがノーベル文学賞を受賞し、韓国文学は一躍世界的な注目を浴びる。その小説を日本で最初に翻訳出版したのが金代表だ。
「第一作を検討したとき、16年ブッカー国際賞を受賞して世界的に名前が知られていたが、日本では知られていなかったハン・ガン作品しかないと思った。『採食主義者』は死んだ犬への幼い頃の記憶から肉食を遠ざける女性を描いた作品。ノーベル文学賞受賞は本当にうれしかった」
24年にはもう一つ大きな出来事があった。韓国を代表する女性作家、朴景利の大河小説『土地』(全20巻)の完訳プロジェクトを14年から行ってきたが、10年かけて同年9月に終わったのだ。執筆期間延べ25年間、原稿用紙1万5000枚の大河小説で、朝鮮王朝末期の1897年から日本による植民地支配、1945年8月15日の祖国解放までの激動の時代を舞台に、両班(貴族)の娘を中心に、東学農民戦争、独立運動、親日派の台頭などを描いた作品だ。
「何としても翻訳して日本の読者に読んでほしいと考えたが、そのためには多額の資金が必要だった。13年に在日2世の金正出・美野里病院院長と話をする機会があり、資金援助を約束してくれた。金院長の助けが無かったら実現しなかった」
吉川凪さんと清水知佐子さんを中心に翻訳チームを結成し全訳を達成した。『土地』全訳出版は同年、韓国文化の発展に貢献したとして韓国政府の世宗文化賞大統領表彰、日本の毎日出版文化賞を受賞。ハン・ガンのノーベル文学賞と並んでうれしい出来事だった。
金承福代表は1969年全羅南道生まれ。両親が文学好きだった影響で、小さい時から世界文学全集など様々な本を読む機会に恵まれた。
「マークトゥエインの『トム・ソーヤーの冒険』、日本の夏目漱石や太宰治の作品も読んだ。詩の勉強に打ち込もうとソウル芸術大に進学した。大学の先輩から吉本ばななの『キッチン』が面白いと教えられ、一人の女性の喪失感、少しずつ再生していく姿など、文体が独特で、韓国の小説にはあまりなかった「個としての生」がとても良く描かれていると思った」
91年に日本留学、語学学校を経て日大芸術学部に進む。97年広告会社に就職しウェブ広告を担当。2000年前後から韓流ブームが起き仕事には追い風だった。しかしその後、リーマンショックで会社の業績が落ち込む。「それならば自分がやりたいことをやろうと出版社クオン(久遠)の設立を決意した。〝いいものは長く続く〟の意を込めて久遠とした。韓国サブカルチャーがブームになるなら、いつか韓国文学への関心も高まるはずとの思いがあった」
2007年に会社を設立。最初は日本の出版社に韓国の小説を紹介し、韓国の出版社に日本の小説を紹介するなどエージェント業務を中心に行い人脈を広げた。11年に『採食主義者』を出すと同時にK―BOOK振興会を設立した。
「韓国文学を出す出版社が増えることでマーケットが大きくなる。翻訳者を養成するための翻訳コンクールも毎年開いて今年9回目を迎える。翻訳者が増えれば出版される韓国文学も増える」
一方、K―BOOKフェスティバルを19年から毎年秋に東京・神保町の出版クラブビルで開催、今年も11月21~22日に開き韓国からゲストを多数招く予定だ。
「韓国が好きな人たちに支えられてクオンもチェッコリも存在している。その裾野の広がりを肌で感じている。韓国は楽しい、文学も韓国には面白い作家が多くいることを知ってほしい」
いま力を入れているのが詩の分野だ。韓国の有望な詩人に2カ月ほど東京で生活してもらい、その間に創作活動はもちろん、出版社や書店、大学・高校訪問など多くの人たちと交流してもらう取り組みを行っている。昨年はシン・ミナ、今年はイ・ジャンウクと両詩人を招いた。詩集の翻訳にも注力するという。
「文学を通して韓日の交流が広がり、相互に影響し合えることがすごく大事だ。私は日本に来て両国の文学に接したが、民団をはじめとした在日同胞の人たちは歴史的に両国の文化に接してきた。過去に翻訳された韓国文学のデータベース作り、文学を通した韓日交流などアドバイスをもらえればと思っている」