掲載日 : [2019-03-21] 照会数 : 7344
時のかがみ「余呉湖の天女はどこから?」仲村修(韓国児童文学翻訳家・研究者)
〝世界説話〟伝播の奥深さ
余呉湖は巨大な琵琶湖のわきにぽちりとくっついたような美しくかわいい湖だ。ここはワカサギ釣りと羽衣説話で有名だ。
風土記逸文に記された説話のあらすじを紹介すると、八人の天女が白鳥になって余呉湖に舞いおり水浴びをしていた。土地の男が一人の天女の羽衣をかくし、自分の妻にして四人の子をなした。しかし天女は天上界が恋しくなって羽衣を見つけ天上へと帰り、男は空しくなげいたという話。
もうお分かりのように、これは韓国に伝わる羽衣説話と同じ話型である。孫晋泰先生の『朝鮮民譚集』(1930)によれば韓国のほうがストーリーが長く、男と天女のうれしい再会もある。あらすじは、ある山奥で鹿を助けた木こりが、そのお礼として仙女(天女)たちの舞いおりる池を教えてもらう。木こりは羽衣をかくし仙女を妻とし三人の子をなした。妻にせがまれた木こりが羽衣を見せると、妻は羽衣をまとい子どもらをつれて天上界に帰っていった。なげく木こりのまえに鹿がふたたび現れて、例の池におりてくるつるべに乗って天上界にいけば妻子に会えると教えてくれる(以下略)。
日韓の説話の比較はじつに興味深い。こんな同じ話型の背景には人間の移動交流があったはずだ。いったいいつの時代から日韓の移動交流があったのだろうか。わたしは歴史学、考古学、上古文学、神話学などの本を漁った。上田正昭先生の本などはほとんど読んだ。説話の伝播は双方に国というものが形成されるそれ以前からではないだろうか。余呉の羽衣説話は奈良時代の風土記にのっているので、奈良時代より早い時期に伝わってきたことだけはわかる。また中国の神仙思想の影響を受けた説話といわれる。
近年わたしが感動した本に『日中韓の昔話‐共通話型三〇型』(鵜野祐介編著、みやび出版、2016)がある。これはアジア民間説話学会の研究の成果だった。これらの三〇型の説話はもう「東アジア説話」と呼んでよいものだ。たとえば「天人女房」と「木こりと仙女」と「乞功(きっこう)節」(中国)。「米福粟福」と「コンジパッチ」と「状元が刺繍の靴をひろう」など。むろん、それぞれの民族性・風土・風俗に個性的に消化され伝承されてきたのだが。
ここで「東アジア説話」よりさらに大規模な「世界説話」と呼ぶべき「コンジパッチ」にも注目しておきたい。あらすじは、コンジが継母からたくさんの仕事を言いつけられるが、いつも人間や動物によって手伝ってもらって救われる。ある日母の里の祝い事に天女からもらった美しい着物と靴ででかけ、通りかかった監司に見初められ、脱げた靴を手がかりにコンジが探しだされて幸せになる。
これはシンデレラ(灰かぶり姫)と同話型である。わたしは世界説話の伝播の広大さと伝承の歴史の深さに胸がときめく。
おわりに、4回にわたり拙文にお付き合いくださり、コマッスムニダ。