掲載日 : [21-01-01] 照会数 : 10540
新たな感覚で青年は事業に挑む<1>足場施工会社の在日3世経営者 李忠俊さん
出所者雇用を推進…自立支援活動に力
足場施工を専門とする「Saaave(サーブ)」(埼玉・所沢市)の代表取締役会長で、在日韓国人3世の李忠俊さん(43、神奈川韓国青年商工会会員)は、一昨年5月に更生保護活動を始め、少年院から出所した青年を初めて雇用した。これまで刑務所、少年院から出所した人たちを採用してきた。なかには相談所や弁護士などから紹介された人もいる。刑期を終えて出所した人の中で再犯をしてしまう理由の一つに、仕事がないことがあげられる。李さんは「仕事を与えることで、悪循環を止めるというのが最初の入り口」だと話す。
「自分はまさか、こういう生き方をするとは思っていなかった」と豪快に笑いながら「やっぱり人が好きなんです。困っている人が一人でもいれば、そういう人が減ればいいなという思いです」と言葉を続けた。
出所者雇用は、20年の東京五輪開催が決まり、建設業が人手不足に悩んでいたことがきっかけになる。客のニーズに応えなければいけないという責任感があった。ある同業他社から少年院からの雇用を薦められた李さんは即決した。
「建設業って、やんちゃな子が多い。そういう子たちと仲良くしたり、一緒に飯を食うことで気持良く仕事ができるので、誰が来てもいいと思っている」
李さんは長野県佐久市出身。ミュージシャンを目指し、18歳で上京。27歳くらいまでアルバイトをしながら音楽活動を続けた。当時、付き合っていた彼女が妊娠したのを機に、音楽から身を引いた。家族を養うため、28歳の時に当時アルバイトをしていた足場架設の会社に就職する。
ある日、悲劇に見舞われる。花火大会へ車で出かけた時、フェンスから人が落ちてきて、車がその人に乗り上げてしまい、その場で亡くなった。
実刑は受けなかったが、偏見を持つ人もいた。当時、子どもは2人。将来を考え、社長に退職を申し出ると「うちの下請けをやらないか」と言われた。李さんは社長に「救われた」と話す。2008年に星山架設を創業。その後、法人化などを経て、現在の「サーブ」に至る。
出所者雇用で受け入れられない基準はある。それ以外で仕事を求める人には、必ず本人の覚悟を聞く。「本人の覚悟が中途半端だと続きもしないし、すぐにいなくなる。まずは社会人として機能できるかどうかの判断をする」。
だが、それでも全員が残るとは限らない。一昨年、雇用したのは約15人。残った2人は「素晴らしいくらい働いている」。一人の青年には、高い技術を学んでほしいと昨年、年が明けてから別会社に預けたという。
たくさんの人に残ってもらえる会社作りとは何かを自問してきた。「僕らが彼らの問題だと突っぱねるのではなく、彼らでも続く会社、仲間作りとは何か」について討論する「更生保護委員会」を設置した。面倒を見たいという親方、内勤社員などが参加し、分析、研究を行っている。
李さんが常に話をするのは、マイノリティーとマジョリティーについて。自身は在日というマイノリティーとして生まれが、それを隠す必要はないと思っている。
「罪を犯した人で、自分の欲のためにやってしまったのは誤ちだが、誰かを守るために人を殴ってしまった、正当防衛が過剰防衛になって罪を問われた人がいるかもしれない」と指摘。
「子どもの頃、いじめられっ子だったとか親から育児放棄や虐待を受けた子もいる。孤独だった自分を受け入れてくれた場所がそういう集団で罪を犯してしまう。マイノリティーの中には背景というのがある。それを無しにして、自分とは違うからと遠のけるという価値観を持つ人間にはなりたくないよね、ということを話している」
現在、新宿区歌舞伎町で、さまざまな問題で悩む人たちの救済活動に取り組んでいる在日同胞の玄秀盛さんが運営する「公益社団法人日本駆け込み寺」に机を置き、新会社「サーブシティ」の仕事も行っている。
玄さんとは食事をする機会を得てから親しくなり、一緒にやろうと誘われた。李さんは自社で抱えきれない人たちの雇用などについて他社に相談している。
民間がやっている更生保護施設はあるが「3カ月、6カ月で出なければいけないというのがある。それ位では絶対に自立はできない。だから寮付きで受け入れてくれる企業を作っていく」と重要性を説いた。積極的にメディアに出るのは「僕のこういう活動というのが、企業はできるんだということを知ってもらいたい」からだ。
子どもの頃、消極的だったと話す。「人がいじめられているのに、そういうことをしてはいけないって言えない弱い自分がいた」とし「建設業に携わるようになって、命すれすれの現場を体験してきている。いつ死ぬか分からないのであれば、自分のやるべきことは言っていこうって思った」
「人の役に立ちたいと言ったらおこがましいけれども、仕事をするんだったら誰かが喜んでくれる仕事はしていたいなと思いますね」
今、考えているのは、犯罪を起こした人たちだけではなく、外国人、パワーハラスメントやセクシャルハラスメントで社会的な傷を負った人など、悩みを抱えた人たちが相談できる場所の連絡網を構築することだ。
「今のバランスを保ちながら新しいものをやっていこうと思っている。知恵をたくさん重ねれば答えは出てくるので、そうやって人と関わっていきたい」
(2021.01.01 民団新聞)