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甦る幻の2世作家 文承根展9月から光州市立美術館で(04.8.31)
34歳で夭逝した文承根
上活字先端をスライスし球体に埋め込んだ「活字球」。下「活字球」を転がしてできた「無窮詩」の一部。
現代美術に新風創出…葛藤の心象風景を刻み

 弱冠21歳で美術界にデビューし、コンテンポラリーアートの先駆者の一人と期待されながら、在日2世特有の葛藤を抱え、34歳で夭逝した文承根。在日を代表する作家として世界に羽ばたく目前の死を惜しむ声はいまも消えない。没後23年に当たる今年、04年光州ビエンナーレを記念して、光州市立美術館の名誉館長で在日2世の河正雄氏のコレクションから「文承根展」(9月9日〜12月30日。同美術館)が開かれる。在日の文化を在日が守り、最照明する典型的な例証としても注目したい。

 文承根は河正雄氏がコレクションした在日作家の最初の6人中、ただ一人の純粋戦後世代だ。デビュー翌年の69年には早くも非凡さを見せ、11歳先輩に当たる李禹煥氏が大賞を受賞した「第5回国際青年美術家展」で「美術出版賞」を受賞。短い生涯に水彩画、油絵、版画、オブジェと多彩な表現手段を駆使して旺盛な創作活動を続け、実験的・前衛的な作家と称された。

生活に根ざす表現

 77年の第1回現代日本版画大賞展でアルシェ・リーブ賞を受賞した作品は、印画紙の一部を現像液を染み込ませた刷毛で現像させ、電車の窓から見えるありきたりの風景写真を効果的にはめ込んだものだ。異質の視覚的空間を創り出し、版画界に新風を吹き込んだと評された。彼の作風を一言で表現すればこうなるだろうか。

 「白いキャンバスに白い油絵の具で縦、横に塗り重ねて埋めていく絵画、ロウケツ染めの技法をヒントにしたかさね刷毛塗りの水彩画、重たい金属球体の表面に鉛の文字をびっしり埋め込んだオブジェ・・・。黙々と反復行為を繰り返しながら、透明感のある思索の跡を漂わす」(京都・梁画廊での追悼展=86年=に寄せられた一文から)。

 ここに書かれた「活字球」(写真)にはめ込まれた活字は7600ほどあり、これをオブジェとして出品後、インクを塗って紙上を転がし、その軌跡もまた作品とした。文承根はこれで、情報を創り出した人間がそれによって踊らされる情報社会の総括を試みたという。

 彼は78年2月のあるインタビューのなかで、平面体や面で区切られる立方体で活字を処理しても、情報が飛び交う社会は表現できないとし、「球体にすると、球の持つ特質が、固定感を消してしまう。(中略)球体に埋め込んだ活字にインクを塗り、(中略)紙面の上を球体が転がるごとに、活字の軌跡が走りまわり、力を少し加えるだけで、次々と情報を創り出すわけです。次から次へと軌跡が重なり合って、最後に真っ黒になってしまう」と語っている。

 この作品は彼の人生観、美術観を最も端的に表出させたものかも知れない。同じインタビューで彼は、現代作家と呼ばれていることに対して、こう述べている。

心の痛み持ち続け

 「私は美術的幻想というか、美術が最も人間性を表現できると思ってまして、だから今の私の生活を表現できるものは、これしかないと思っています。幻想かも知れませんよ、本当の。なぜ私がそう思うようになったかは、多分今までの育った私の環境もあるのでしょうね。しかしこれからの生活の中で他に表現方法があると思えば、そちらに行きます。現実の自己存在を離れた芸術は本物ではない、そう思っていますから」。

 藤野登という名で生きてきた文承根はこの頃、解放後世代の2世の多くに共通する自己葛藤に見舞われていた。李禹煥氏は84年のギャラリーQでの文承根追悼展に寄せた一文に、彼との胸が引き裂かれるような思い出をつづっている。

 「話の内容というのは、自分は実は、日本人ではなく、韓国人2世であるということだった。それで、日本人のように振る舞って来たが、とてもやりきれず、かと言って、韓国人と名乗る勇気はない。(中略)帰化をしようとも考えたが、気持ちの上で決着がつかず、苦しんだ挙げ句、ぼくに相談に乗ってもらうためやって来た::」

 これはちょうど、「現実の自己存在を離れた芸術は本物ではない」と語っていた78年のことである。土砂降りの真夜中の、突然の来訪だったという。

 「『李さん、ぼくはどうすればいいと思いますか』。彼は、躰を震わせながら、涙を雨のように流していた。ぼくは、自分が子供の頃から、ひとりで孤独に生きてきたせいもあって、相手の気持ちが手に取るように分かっていた。とても辛くて、それ以上座っていられなかった」。

 李禹煥氏は彼に、「自分の名前一つ名乗れない者に、本物の作品など作れるとは思わない」という言葉を投げつけて席を立ったものの、本当は「抱きしめて、一緒にわめきたい気持ちだった」と言い、「流れる涙を拭いても拭いても止まらず、とうとう一睡もできなかった」と述懐する。そして、この一文を「自分に嘘をつくことの辛さが分かる男、いつも何か痛みを持ち続けながら、制作に挑んでいた友人、それが文承根だった」と結んだ。

流星のような生涯

 同年代の在日2世の多くと同じ屈折感を抱き、美術世界で自己実現に挑んだ文承根。

 彼の作品を120余点コレクションし、今回、112点を展示する河正雄氏は、「在日を代表する作家として世界にデビューする目前に、一筋の光を残して、まるで流れ星のように消えていった」と改めて惜しみ、「彼の息吹は今も新鮮に我々の感性に響く。長く幻のようにさまよっていた文承根の画業が新しい命となって甦ってくれれば」と語っている。

内外美術館が収蔵

 彼の作品は生前、栃木県立美術館、ソウル国立現代美術館に収蔵されたのをはじめ、ここ数年、70・80年代の作家の見直し論が高まったことを背景に、京都国立近代美術館、大阪国立国際美術館、千葉市立美術館に収蔵された。ブルックリン美術館や京都市立美術館、ポーランドのクラコワ国際ビエンナーレや香港での国際展に出品された作品が当地に収蔵されているとも伝えられる。

(2004.8.31 民団新聞)
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