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| 学力低下現象を克服し国際競争力維持のために(03.10.15) |
前駐日教育官、道峰中前校長 李林柱
基礎教育の徹底化を…家庭での分担も必要
国立ソウル大学では新入生の基礎学力が足りなくて専門教科に対する講義が正常にできないという。大学当局は、正常教育のための補講計画を立て、こういう学生に補講を受けさせている。補講に要される時間と費用はどうやって充当するのか、それでも世界中の学生たちとの競争は可能であろうか。
毎年60万人ほどの大卒者が輩出されるが、韓国の企業は最近、人材難に頭を痛めているそうだ。企業現場に投入してすぐさま活用できる人材が非常に少ないからである。企業は新入社員の再教育に最低数カ月から半年以上掛かると言う。言うなれば学校が供給する人力が不良品というわけである。再教育に要する時間の損失と費用もまた莫大だと聞いている。これでも韓国の企業が国際競争力を維持していけるだろうか。
日本の学校教育事情も似たり寄ったりである。日本が抱える深刻な危機も学力低下である。
一方、米国でも学力低下が話題になったことはこれまでにも度々あった。57年、旧ソ連のスプートニクショックに対する進歩主義の教育反省論はもちろんのこと、80年代、米教育省のレポート「危機に立つ国家」と、現ブッシュ政権の学業遅滞児を出さないようにする法案である「どの学生も落ちこぼれないように」という教育改革法案は、全員が教育競争力を育てるための学力の向上にその改革の目標を置いている。
日本は、83年頃から入試競争から学生たちを解き放つ名目で、余裕ある教育として「余裕」を強調する政策に切り替えながら、知識教育偏重の学校教育を批判し始めた。あれから20年、小学校レベルの分数すらも解けない大学生たちを量産してしまった。完全学校週5日制を実施した2002学年度から実施した教育内容の3割削減とともに「学歴低下」が国を滅ぼすという声に激しく動揺している。
子供たちに実のある学力をつけてやることは学校だけの力では難しい。子供たちの学習能力を高めるために学校・家庭・社会の3つの役割分担が必要だし、学校と教師の不断な研究・努力と自己革新、教育行政の刷新なくしては不可能である。
教育は本来、未来を開く明るい経営である。うまくいけば明るい未来は保証されるが、誤まれば未来は期待できない。世界の多くの国は、国の命運をかけて学力向上のための教育改革に必死の努力を傾けている。
今、必要としているのは基礎教育と学力向上である。どちらも明日の大韓民国と世界を生きていくために必要なものである。
これから私たちは一歩ずつ譲り合い、自分の声ばかり張り上げないで、よその国の話にも耳を傾け、みんな一緒に無力症に陥って喘いでいる学校の先生たちを心から激励しよう。先生たちが再起し、教育を生き甲斐とする明るい未来を切り開いていけるように力を結集して進もう。
(2003.10.15 民団新聞)
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