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コミュニティが支えた「活力」
韓載香東京大准教授が『「在日企業」の産業経済史』で提示
同胞経済の活力に学術的な観点から迫った『「在日企業」の産業経済史』(名古屋大学出版会、6000円+税)がこのほど出版され、注目を集めている。著者で東京大学大学院の韓載香特任准教授(経済学博士)は、在日同胞の産業構造の特徴や、情報に関連するコミュニティの機能などに着目し、ダイナミックに変貌した在日の姿を描いた。研究の一端を紹介する。
世界の大都市の中には、「エスニック・タウン」と呼ばれる特定の民族集団の集住地区が多数存在する。それぞれに歴史的背景があり、異なる社会・経済的基盤が見られる。
同じ民族集団でも、受け入れ国や地域によって、同じ都市内でも民族によって、時代によって、エスニック・タウンの様相が異なるのは、母国(流出国)での社会階層、流入国の制度の違い、当該社会におけるその民族集団の政治経済的地位など、さまざまな要因が影響するからだ。
著者の韓氏は、外見的な多様性の中に共通性を見いだすことができるとし、その共通点を、移民の生活全般を支える「社会的・経済的機能」に求めた。在米コリアンと比較しながら、在日の集住地域である京阪神を中心に、同胞企業の産業構造の特徴や歴史的変化について明らかにしている。
戦後から高度成長期にかけて、在日の産業はいくつかに集中した。すなわち、戦前からの就労経験と連続性をもつ製造業や土木工事業のほか、くず鉄、焼肉・韓国料理店など在日文化が基盤になった業種、そして戦後本格的に成長したパチンコ産業などである。さらに金融業や不動産業が加わり、全般的に非製造業化が進んでいく。
素早い転業で成功を可能に
このような歴史的変化に見られる事実について、韓氏は、在日企業が伝統的に集中していた製造業の衰退に際していち早く退出しただけでなく、同時に日本全体のサービス産業化への流れにそって素早く対応したと解釈し、在日の能動的な対応がそのような産業構造におけるダイナミックな変化を生み出したとする仮説を提示した。
構造的特徴と歴史的変化を総合的に説明する手がかりを、在日コミュニティの機能に求め、その一例として、京都における繊維産業をあげた。コミュニティが需要動向の情報、技術、共同経営など、起業を実現するための具体的な手段を提供したことにより、繊維産業への参入が民族的範囲で広がった。
その後、繊維産業の斜陽化とともに、在日企業は、成長産業であるパチンコ産業へと転換していく。コミュニティ機能によって退出と参入が容易であったことが、在日産業構造の速い変化をもたらしたと指摘する。
それを可能にしたのが、民族系金融機関の存在であり、その歴史を追い、構造的分析を行った。著者は、初期段階における在日企業と民族系金融機関との深い関係こそ、在日の産業構造の速い転換を金融面で支えたコミュニティ機能として重要だとした。
既存の研究は、在日の経済活動を、差別と文化的な背景を要因とする企業家活動として特徴づけながら、それが同化によって弱まるという変化を主張しがちだったが、以上の産業構造の歴史的変化について適切な説明を与えることができないと、韓氏は反論する。
産業経済の成長の論理には、コミュニティの結束を基盤にしてコミュニティの殻を打ち破ることと、経済発展の結果、コミュニティ基盤が強化されるという両側面の指摘は興味深い。
確かに、コミュニティは市場としての意味が小さくなり、戦前に比べると紐帯が弱化した側面があった。しかし、その側面の裏側にあるのは、コミュニティ市場を打ち破り開かれた市場に主体的に参入していく在日と、それを可能にするコミュニティの機能である。これはコミュニティの内側に「変化」の論理が存在すると同時に、民族集団の「結束」が健在であることを示している。
開かれた市場における在日企業および在日産業の成長の結果、一般社会との関係が深まるとしても、その関係の深まりが同時にコミュニティの産業経済を底上げして活力を生み出しうるのであり、コミュニティとの関連が弱くなったわけではなかった。産業経済の発展がコミュニティの再結集をもたらしたのである。こうした両面性を含んだ成長の論理の連鎖的結果が生み出したダイナミックな変貌の姿が、戦後半世紀の在日産業経済の歴史であった、と結論づけた。
本書では繊維とパチンコの両産業を中心に取り上げたが、このほかに在日の主要産業である土木工事、再生資源、ケミカルシューズなどは今後の課題としている。
(2010.3.10 民団新聞)
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