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<北送50年>地獄の歳月 日本でも
「帰国」同胞を出迎える北韓の住民ら(清津港で)
 59年12月に始まり、9万3000人を送り出した北送事業は、北に渡った同胞自身は言うまでもなく、残った家族や知人・友人、送り出した朝鮮総連の活動家にも地獄の歳月を強いた。3者それぞれの「これまで」と「今」を垣間見る。

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仕送り家族は
精神的にもぼろぼろ

 北韓の地方都市に兄弟がいる埼玉在住の朝鮮総連系商工人(67)は、「北によって政治的に利用され、経済的に収奪されて骨の髄までしゃぶられてきた」と言い、現在の気持ちをこう語る。(インタビュー構成)

 北に家族がいる同胞たちは、いつまで仕送りを続けるのか、いつ思想犯にさせられ、釈放のためにどれくらいの金品を要求されるのか、日々脅えてきた。総連各機関幹部の7割が北に家族を持っていた。人質を取られた形の総連同胞たちが結果的に、北の体制、中でも3万人と言われる特権層を支えるうえで、大きな役割を果たしてきた。今なお北と抜き差しならない関係にある。

 しかし、日本からの送金は年を追って減り、バブルが崩壊して以降、90年代に入ってのパチンコ業界の落ち込みの影響は特に大きい。コレクトコールがあっても受け取らない同胞がこの頃からぐんと増えた。

 同胞経済はその後も、ジリ貧を続けている。朝銀信用組合も相次いで破綻した。核実験やミサイル発射による国際社会の対北制裁もある。多くの同胞が家計的にも精神的にも疲労困憊して、北の家族と縁を切り、匙を投げた状態だ。

 援助が途絶えた帰国者家族の中には、路上生活者も珍しくない。帰国同胞は一時、係累を含めると20万人に増えたと言われたが、今では帰国1世や2世の死亡に加え、家族離散や飢餓による死亡などで実態の把握が困難になっている。

 帰国者家族を含む北の民衆が生き延び、総連同胞が救われるには、北の現体制の崩壊とそれにともなう韓国による吸収統一以外に道がない。

 私たちが今、最も恐れているのが何か分かりますか?

 体制の崩壊が無政府状態をつくり出すことだ。そうなれば、社会的成分は低いのに在日からの仕送りで豊かだった帰国者家族の一部は、妬みの対象だっただけに、北の民衆によって手ひどい仕打ちを受ける。そして、ほとんどは難民としてこの日本に、命がけで押し寄せてくるだろう。

 私たちに受け入れる力は乏しい。寄る辺なき難民と化すことが間違いない帰国者家族に対し、どう対処すればいいのか、脅迫観念にさいなまれている。

■□
元総連活動家は
「償えない」思い今も

 帰国事業に奔走した元総連活動家、卞東運さん(79=北海道在住。1930年室蘭市生まれ。北海道同胞史研究家)。「愛国行動と信じ切っていた当時の自分が恐しい」と話す。(インタビュー構成)

 ほぼ3年前、NHKの企画番組収録のため、スタッフと脱北した日本人妻2人の訪問を受けた。1人は北海道出身だった。ほとんど残っていない当時の総連活動家を代表する気持ちで、私は深々と頭を下げた。

 18歳から在日朝鮮人連盟に携わり、朝連解散後は在日朝鮮統一民主戦線で日本共産党の民族対策部の指導で活動した。その後の方針転換で1955年5月に朝鮮総連が結成されると、自動的に総連のオルグとなり、労働党の細胞組織「学習組」の一員になった。

 58年8月頃から本格化した帰国事業で私は、「夕張地区朝鮮人親睦会」の組織部長として、3組を北へ送り込んだ。2組については今は名前も忘れてしまった。

 最初は雑品の仲買問屋を営んでいた朴さん一家。奥さんは亡くなって朴さんと長男、3女の3人が帰った。朴さんはいつも資金繰りで苦しみ、体力も限界にあった。高卒の長男はその仕事に不満を持ち、親子でいさかいが絶えなかった。3女は高卒後も就職できず、悩んでいた。

 次は夫婦と子ども2人の4人家族。主人は雑品の買い子で、坂道ばかりの夕張の町で鉄くずを求めて歩く辛さに、悲鳴を上げていた。2人の子どもは小学生だったが、体が弱く将来を悲観していた。

 こうした家族に私は、「北は社会主義建設に懸命に頑張り、みなが楽しい理想の生活を送っている」とか、「共和国に行けば仕事は何でもある。学校も病院も無料で、医学も凄く進んでいるから、子どものためにもいい」などと力説した。

家庭事情に応じて説得

 それぞれの家庭事情に応じて説得を続け、承諾させたわけです。なぜそんな見てきたようなウソがつけたのかと、体が震えます。

 最後に送り込んだのが私のすぐ上の兄と一番下の弟。男ばかりの4人兄弟のうち、常任活動家の私と、青年同盟の仕事をしていたすぐ下の弟は残った。35歳の兄は仕事がなく、結婚もせず、千歳市で進駐軍絡みの闇商売をしていた。末弟は札幌の朝鮮中学生で寮生活をしていたが、学費や寮費が賄えず、組織から糾弾されていた。

 帰国すれば兄もまともな生活や結婚ができるし、末弟は経済的に悩むことなく勉学に励むことができる、2人の将来は保証される、と私は考えた。不安を示す2人に、兄弟2人が日本で活動しているのだから、何かあっても悪くはしないはずだ、とまで言った。

 当時の私は、働く者の国・社会主義祖国、人間として全ての夢がかなえられる理想の祖国と疑わず、未来のない日本から帰国し、祖国建設のために働くことは愛国行動だ、と信じていた。

 朴さんから届いた最初の手紙で、ある工場の副支配人になったと知らされた時は、雑品業で機械類の解体をしていたことが役に立ったのかと、みなで笑いながら祝福したものだった。また、兄から高価な貴金属や薬品を送れと催促する便りが何度も届いたが、理想の祖国にいてもまだブルジョワ根性が抜けないのかと叱る手紙を出したほどだった。

 愛国者となるべく帰国させたはずが、地獄に送り込んだことになる私の罪過は償いきれない。75年に組織を離れて以降、北海道在住同胞のために自分なりに尽力してきた。今後とも老骨にむち打って精一杯尽くすほかない。

(2009.11.25 民団新聞)
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