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<東日本大震災から2年>同胞たちも復旧へ1歩ずつ
仙台で開いた全国地方団長会議では被災同胞らに義捐金を伝達。被災者を代表して宮城県本部の李純午副団長が「全国からの支援は本当に心強い。皆さんの思いやりをしっかりと受け止め、がんばっていきたい」と語った(11年7月31日)

民団の支援
心のよりどころに

 3・11東日本大震災からまもなく2年。民団では震災直後、被災者を支援するため対策本部を設けて義捐金募集、救援物資提供、炊き出し、医療支援など幅広く救援活動を展開してきた。家屋、店舗、そして家族を失った被災同胞も多いが、さまざまな課題を抱えながらも未来に向け復旧・復興へと歩んでいる。激甚被災3県の同胞に聞いた。


■□宮城
定期的にお礼の便り 

申末子さん

 申末子さん(68・宮城県女川町)は自宅も小料理店も失った。避難所に駆け込んだ後、自ら進んで炊き出しのボランティアを買って出た。その気丈さが買われ、震災から半年後には職場に就くことができた。昨年10月からは転勤になり東北電力で働いている。

 申さんからは定期的に民団宮城にお礼の便り(はがき)が寄せられている。「女川も何とか前に進んでおり、私もそれに合わせながら前へ前へと心を胸に頑張ってます。民団の温かいお気持ちを忘れずに勇気を持って生きてます」。震災2年目を前に届いた便りだ。

 金裕姫さん(58・名取市)は自宅が全壊し親子と母親の3代で名取市の仮設住宅で暮らしていたが、このほど、自宅再建のメドが立った。民団宮城にその朗報を伝える便りが届いた。

 「団長と民団事務局のみなさま。民団からの義捐金を受け取りました。今まで、物心両面で多くの援助を頂きました。私ども親子はもちろん、オモニにまでよくして頂き、重ねて感謝しています。おかげさまで全壊した自宅再建のメドも立ちました」

 金日光さん(37・仙台市)は学生時代に韓国から仙台に留学し日本人女性と結婚。3人の子どもに恵まれるが、震災で最愛の妻を失った。

 幼い子どもたちは岩手県の妻の実家に預け、仙台市内でけなげに働きながら生計を立てている。震災後、義捐金や救援物資など、民団から届いた支援に深く感謝し、正式に民団団員として登録した。

 「団員であることは私の誇りですから」

 蔡明善さん(49・石巻市)は石巻市の日本人男性に嫁いできたが、夫を津波で失った。自身も九死に一生を得て助かったが、津波で水を大量に飲み、体調を崩した。

 「被災者みんなが頑張っている姿を見て、私も負けてはいられない」と、この3月20日、同市で韓国料理店「かおり」をリフォームする。

■□福島
未来を信じて生きる

張賢淑さん
張賢淑さん(52・相馬市)は単身暮らし。ゴルフ場でキャディをしていたが、福島原発から8キロの自宅(双葉郡浪江町)にはもう戻ることができない。相馬市内の借り上げアパートに住みながら、営業再開したゴルフ場に復職。ただ、客数は激減し、給料も半減。ほかのアルバイトもしながら生計を立てている。

 「正直、苦しいけど、同胞の仲間や同僚と助け合いながら、今を大切に生きています」








姜姫順さん
姜姫順さん(54・郡山市)は難病治療で退院した直後、自宅のタンスの下敷きになり大けがをした。先月から再び入院生活を送っているが、民団の支援は大きな心のよりどころとなった。

 「あの時、民団があったから無事な今があります。ただ、放射能の影響が今後、わが子にどうなるかだけが心配事です」

 尹順子さん(65・南相馬市)は震災直後、母が亡くなるという悲しさが重なった。

 「震災当時のトラウマはありますが、民団やみんなが支えてくれているという勇気を持ち、母の分まで力強く生きていきます」

 ペ明道さん(66・広野町)は福島第1原発事故の収束拠点である広野町で宿屋と焼き肉店を経営。そのため、震災直後から原発作業員や復興建設関係者で宿屋は大忙しだった。2年を経てようやく、落ち着きを戻した。

 「こんな小さな宿でも復興のために必要とされているから、当分は閉められませんよね」

■□岩手
半壊した焼肉店再開

 洪啓子さん(59・大船渡市)は自宅と喫茶店、遊技店などの店舗が津波で流され、全壊した。夫と娘、孫、そしてオモニと仮住まい生活を送っているが苦しい状態は続く。何とか古巣での復興をめざすものの、町全体が津波で消えてしまったため、土地利用方法の制限もあり、メドは全く立っていない。

 「途方に暮れていたあの当時、民団が救援物資を手に何度も足を運んでくれた。この支えに応えるためにも、私も前を向いて行かないとね」

焼き肉店「モランボン」
金月子さん(62・釜石市)は自宅が火災と津波に襲われたが、鉄筋の柱が何とか残り、補修工事で再建。賃貸で営んでいた焼き肉店「モランボン」も半壊したが、夫、会社勤めだった息子、嫁いだ娘も加勢して2年前の12月に再開した。

 復旧工事が進む中、宿と食堂が絶対的に不足。客足は後を絶たない。

 「民団の義捐金や救援などで支えられたからこそ、再スタートができた」

 金英男さん(64・釜石市)は津波で夫人を失った。居酒屋兼自宅が全壊し、脳梗塞で倒れたオモニと復興アパートで2人暮らし。それでも生きていかねばと、復興工事関係者の宿が不足していることから、昨年11月、跡地に宿屋を建てた。

 「家賃も予想以上に高く、借金の返済で大変だが、母と一緒に暮らせる家を持つ目標が心の支え」。8日には亡き夫人の3回忌を営む。

(2013.3.6 民団新聞)
 

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