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韓食の世界化にむけて〈上〉「焼肉」と「プルコギ」
大阪・鶴橋駅前には七輪で焼く同胞のホルモン焼店が早くから軒を並べ、煙が周囲に立ちこめた
出発はホルモン焼
共生で日本社会に浸透

 在日韓国人が普及させた「焼肉」、韓国を代表する料理となった「プルコギ」。韓日両国でそれぞれに発展した焼肉とプルコギの歴史や特徴について、国立民族学博物館の朝倉敏夫教授に寄稿してもらった。3回に分けて紹介する。

語源の1説は「ほうるもん」

 韓国料理が日本社会に広く普及しはじめたのは、第二次世界大戦前後になってからである。日本社会の韓国料理店は、いわゆる内臓を料理したホルモン焼店から始まったという。日本に暮らしていた在日1世は、故郷の食生活と肉料理の経験を活かして牛や豚の内臓を食べていた。これが戦後の闇市場でホルモン焼として売られるようになった。

 大阪では捨てるものを「ほうるもん」と言うが、ホルモンとは「ほうるもん」、すなわち捨てるものという言葉からできたという俗説があるように、内臓はそれまで日本人が食べることがないものであった。ホルモン焼は、わずかにウナギ、ヤマイモなどに代表されるくらいで、それまでの日本の料理に欠けていたジャンルであるスタミナ料理としてのイメージをもって出現した。これと同時に、朝鮮漬けと呼ばれたキムチによって、ニンニクとトウガラシという2大香辛料がスパイスなしの日本人の食生活にもたらされた。

 1950年代以降、日本の食生活は大きく変化した。その変化として、肉の消費量が急激に増えたことと、外食産業が巨大化しはじめたことがあげられる。内臓だけでなく肉のさまざまな部位を焼いて食べる「焼肉店」が登場し、60年代から80年にかけて日本社会に普及していった。しかし、それらは油で汚れたシートと煙がたちこめるような中年男性の多く行く店がほとんどであった。

タレの開発と無煙化で普及

 そのなかで、日本社会での焼肉の普及にとって大きな発明があった。67年にエバラ食品工業が「焼肉のタレ」を開発したことである。これによって焼肉が家庭で簡単に作れるようになった。そして、大量生産と急速に普及したテレビ広告にのって、焼肉のタレは日本全国に広まった。

 また、70年代から「外食チェーン産業」が展開しはじめた外食産業においても、一大発明があった。それが「無煙ロースター」である。油ギトギト煙モウモウの暗い雰囲気の焼肉店が、無煙ロースターの導入によって、煙が一掃され、内装もカラフルに施され、サラリーマンも女性も気軽に立ち寄れる焼肉店があちこちにオープンし、80年代前半からは新規開店の店は必ず無煙ロースターが採用されるようになった。

 80年代後半はNIES旋風が起き、韓国からビジネスマンが日本市場に大挙押し寄せた。86年、88年にソウルでアジア大会、オリンピックが開催され、日本人観光客が韓国に行った。また、エスニック・フードに対する関心が高まり、激辛ブームともあいまって、韓国料理を食べる若者層が急増した。

 こうして韓国の家庭料理や宮廷料理など焼肉以外の韓国料理が日本人の間に紹介されるようになるとともに、焼肉をサンチュに包む食べ方も知られるようになった。

 韓国料理店がそれぞれ、さまざまなかたちに展開していくとともに、焼肉業界も外食産業の一大分野となり、隆盛していく。92年には「全国焼肉店経営者協会」が設立され、毎年8月29日を「焼肉の日」と定めるなど、焼肉の普及に努める。

ブームを超え多様な定番に

 しかし、2000年に入ると、「狂牛病(BSE)」の余波を受け、焼肉店は深刻な打撃をうける。

 その対策として、豚肉のサムギョプサルや鶏肉のタッカルビなど、新しいメニューを導入していき、これとともにそれまであまり日本人になじみのなかった「プルコギ」もメニューに加えられるようになっていく。

 そして、現在は韓流ドラマのブームもあって、韓国料理をグルメ番組や食の情報誌などが紹介し、食品工業界ではさまざまな韓国料理をレトルト商品として開発し、外食産業にあっても韓国料理をもとにフュージョン料理を開拓するなど、韓国料理が日本社会においてブームを超えて定番となっている。

 そのなかで焼肉は、一部が「韓国焼肉」として特化される一方で、韓国料理というジャンルからはなれ、ファミリー・レストランや和食の食堂で出される焼肉定食や、家庭でさまざまな焼肉のタレとともに肉を焼いた料理などは日本料理のなかに位置づけられている。

 私はかつて、日本社会における焼肉を代表とした韓国料理の戦後の展開を、韓国系の大衆文化の受容の変化を介在させて、在日韓国・朝鮮人の位置づけとアナロジカルな関係にあるのではないかと指摘した。

 その展開過程は、1期「ホルモン焼」=在日1世に始まり、「焼肉のタレ」や「無煙ロースター」が開発された日本化・大衆化された2期「焼肉」=在日2世・3世の日本化(日本社会への同化)を経て、韓国から入ってきた3期「プルコギ」=ニューカマーズへという変化が見られ、そして4期「フュージョン料理」=多文化共生社会へと向かっていくという構図である。

■□
プロフィール

朝倉敏夫 あさくら・としお

 1950年東京生まれ。武蔵大学人文学部卒。明治大学大学院政治経済学研究科博士課程単位取得。現在は、国立民族学博物館教授(民族社会研究部)。主な著書は『日本の焼肉 韓国の刺身』『世界の食文化1 韓国』など。

(2010.1.27 民団新聞)
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