古代文明を築いた民族が、どこから来てどこに消えたかの謎解きは、考古学上の重要な研究テーマの一つである。
例えば、モヘンジョダロは整然たるレンガ造りの上下水道が完備されたインダス文明の大都市だが、主人公のドラヴィダ人は歴史から忽然と消えてしまった感がある。
インカ文明末期、アンデス山脈の標高2000m地点に建造された空中都市として有名なマチュピチュには、わずか数日の間に住民が消失してしまったかの様な状況証拠が複数存在すると言う。
半面、各時代の王朝や諸侯の勃興は勿論、庶民の生活とその心情に至るまでが克明に記録されている文明もある。黄河と揚子江の二つの大河文明を有する中国が、その代表格であろう。
男子の命は蟻の様に軽いと謳われた春秋戦国時代、喉元に刃を突き付けられても屈せず、史実をありのままに記録した大史(歴史を記述・編纂する者)たちの信念によって中国は世界で最も豊富かつ詳細な歴史を残すに至った。
時の権力者が事実を曲げて白を黒と書けと恫喝し、改ざんを迫ってもこれを拒絶した故に、首をはねられた者の話さえ書かれている程だ。
そこには長いとは言えない人生を精一杯生き抜いた人々の世界観や信条が息づいており、2000年後の現代にも鮮やかな光を放ち続けている。
未解読のインダス文字と文字そのものがないインカ文明が、後世に謎解きの楽しみを残してくれたとは言えようが、日本に永住するに至った私たちの足跡は、決して同様にしてはならないと思う。
私たちの歴史をありのままに継承していくと同時に、現在が最も輝いた時代の一つだったと1000年後の後裔が誇りに思ってくれるよう、日々粛々と過ごしたいものだ。(S)
(2000.05.31 民団新聞)
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