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この人この顔・高野悦子さん

舞踊家・崔承喜の生涯描く映画制作



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国境越えた"伝説"に迫る
亡き母の思い、映像に込めて

 「あの困難な時代に、あの若さで世界を制覇することができたということは、誰も否定できない事実」。岩波ホール総支配人の高野悦子さん(71)は5歳の時、「半島の舞姫」の名を世界にとどろかせた崔承喜との衝撃的な出会いから65年の時を経て、記録映画「伝説の舞姫・崔承喜―金梅子が追う民族の心―」(藤原智子監督)を企画・制作した。高野さんは崔承喜の存在と韓国舞踊の素晴らしさを多くの人に知らせたいと熱望する。

 1998年10月23日、在日韓国婦人会創立50周年記念大祭典が開催された会場にいた。ゲストの1人、現代韓国舞踊の第一人者・金梅子さんの踊りを、くいるように見つめていた。初めて目にする金さんの迫力ある踊りに圧倒された。

 「そこから発する“気”のようなものの凄さに驚いた。こんなに驚いたのは二度目」と、遠い昔の記憶を思い出した。

 崔承喜と金さんの姿が重なった。金さんは崔承喜の踊りを現在に蘇らせるために欠かせない存在となった。


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 昨年3月、藤原監督と共に訪韓。1976年に金さんが創立した創舞会を訪ね、圧倒的な力を持つ韓国舞踊の素晴らしさに触れた。そして金さんに映画出演を依頼した。

 滞在中、韓国人ジャーナリストの「なぜ、日本人が崔承喜の映画を制作するのか」との質問に、「尊敬と敬愛の念を持っている。それだけではだめなのか」と答えた。これを幾に、韓国の舞踊を映画化するに当たって自らが舞踊を知ることは不可欠として金さんから指導を受けてきた。今、韓国舞踊が楽しくて仕方ないという。

 中国東北部(旧満州)生まれ。2年間を日本で過ごした以外、第二次大戦前は中国で過ごした。崔承喜との出会いから、後の映画制作にまでこぎつかせた背景には、今は亡き母の存在を欠かすことはできない。

 ブロマイドを持つほど崔承喜ファンだった母の勧めで、5歳の時、モダンダンスの草分けで崔承喜の師匠でもある石井漠氏の弟子から踊りを習っていた。そこで崔承喜と出会った。

 踊りを目にした当時の印象を、「七色の虹が残ったという感じ」と表現する。崔承喜に再び会ったのは12歳の時。すでに「半島の舞姫」として押しも押されぬ超一流の舞踊家になっていた。

 また、幼少のころ過ごした吉林省には大勢の朝鮮族が暮らし、朝鮮の友人を持つ姉に誘われて大木の下で舞踊を踊る彼らの輪に加わることもあったという。

 中国でのさまざまな経験はセン在意識の中で種火として残り、燃え尽きることはなかった。


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 「崔承喜さんの後ろには母がいるんです」。映画制作へかけるなみならぬ情熱を吐露した。

 女子師範学校の教師だった母は結婚を機に退職。教育者としての夢は断念したが、子どもたちの希望を叶えることで多様な道筋をつけてくれた。

 失って気づいた母への感謝の気持ちと生前、親孝行できなかったという後悔の念。「母が作った崔承喜さんとの関係を大事にしたかった」と65年の歳月を経て、母の思いを受け止めながら映画制作へ踏み切った。


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 映画は、金さんが崔承喜の足跡を訪ねると同時に、過去から現在、そして今後の韓国舞踊の発展を願う思いが込められている。

 「崔承喜さんは芸術で軽やかに国境を越えた人。私は同じアジアの人間として誇らしく思う。この映画が私の夢を実現したことで満足しています。一人でもたくさんの人に観ていただきたいという気持ちで一杯です」と話している。

 同映画は8月19日から岩波ホールで公開されるほか、日本、米国、ヨーロッパからも上映の引き合いが寄せられている。

映画・西便制と下女6日から東京で上映

 国際交流基金アジアセンター主催のアジア映画講座「字幕翻訳者は語る」が6日から東京・赤坂の国際交流基金フォーラムで開かれる。初日と8日には韓国映画「風の丘を越えて―西便制」と「下女」の上映と講演が行われる。

 同講座はよく知られたアジア映画の名作を新たな角度から見直すという趣旨のもと、91年から続けられている。

 各作品の日本語字幕翻訳者が映画上映後、翻訳者の立場から作品の魅力について語る。

 6日は林権澤監督の「風の丘を越えて」を上映。日本でも大ヒットした放浪のパンソリ芸人の父子の物語で、伝統芸能再発見の火付け役となった90年代韓国映画の代表作。8日は98年に急逝した金綺泳監督の「下女」が上映される。美貌のメイドが主人一家を破滅に導いていく、サイコ・ホラーの傑作。

 時間=両日ともに午後6時。入場料=各講800円(当日券のみ)。問い合わせは、同センター(03-5562-3892)まで。

(2000.07.05 民団新聞)



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