民団新聞 MINDAN
在日本大韓民国民団 民団新聞バックナンバー
ルポ・別世界の金剛山

歩いた、見た、聞いた<上>



九龍滝の上にある複数の沼
「上八潭」を望める
「九龍台」に立つ観光客

 金剛山――。そこは、二つの意味で“別世界”だった。一つは、古くからわが同胞をして「一度は訪れてみたい」と憧憬させた、その自然の美しさから。もう一つは、観光用道路を走るシャトルバスの窓をつうじてかいま見た、セピアの農村の風景とゆっくりとした農民らの動作から。都市化が進み、さまざまな色があふれ、しかも騒々しいわれわれの社会とは違い、そこは“色彩の乏しい”・“静穏”の世界である。なぜか、なつかしくもある。人の動きだけでなく時間の流れも遅く感じられ、経済的に貧しかったわれわれの過去に、一瞬、タイム・スリップしたのでは、と錯覚させる。 (編集委員・朴容正)


"規制"上回る絶景
韓国席を歓迎、「朝鮮籍」は閉ざされる

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在日韓国人と日本人に開放

 韓半島の東部、太白山脈の北部に位置する金剛山は、世界の絶勝として広く知られているが、韓民族にとり、死ぬまでに一度は登ってみたいと憧憬する名勝地である。中国・唐の詩人・蘇東坡も「願生高麗国 一見金剛山」(一生に高麗の金剛山を一度見ることが私の願いだ)と歌っている。南北分断によって今は北韓に位置する。

 韓国の財閥・現代グループが、北韓と結んだ金剛山地域の独占的な観光開発および利用契約(30年間)に基づき、98年11月から開始した豪華客船を利用しての金剛山観光は、当初韓国人(在外同胞を除く)だけに限られていた。

 だが、今年2月、日本以外の外国人にも開放された。さらに、8月末から在日韓国人と日本人にも開放され、その第一陣約20人が、今月20日に釜山・多大浦港を出発する「現代楓嶽号」(二万トン)で韓国人乗客六百余人とともに金剛山観光に向かう。


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「太極旗」から「韓半島旗」に

 それに先立って、記者は今月2日から5日まで、日本人記者たちと一緒に、「現代楓嶽号」で三泊4日の金剛山クルーズ観光を楽しんだ。午後2時に釜山の多大浦を出港した観光船は、東海を北上、南北軍事境界線を越えて翌3日の朝7時に北韓の警備艇に付き添われるかたちで長箭港に入った。

 現代グループが造成・管理する埠頭には、すでに韓国・東海港〜長箭クルーズ(3泊4日)の「現代蓬莱号」(1万8000トン、乗客700余人)と東海〜長箭間を4時間半で結ぶ快速艇「トレジャー・アイランド(宝島)号」(一万トン、乗客八百余人)が停泊。1日にオープンしたばかりの海上ホテル「金剛山」(350人収容)も並んでいた。

 観光客は、(1)九龍滝(2)万物相(3)海金剛の三種類のコースから二つを選択、1日一コースを歩く。毎日日帰りで、自分たちの乗ってきた船に宿泊する。われわれ記者団は(1)と(3)のコースをめぐった。

 上陸に先立ち、現代側担当者から入国手続・観光に際しての注意事項の説明が行われた。軍事施設、北韓の監視員はもとより、港湾周辺、北韓の住民の撮影などは厳禁で、現代関係の施設も観光船も写してはならぬ。カメラの望遠レンズは百六十ミリ以下、ビデオカメラは二十四倍以下の望遠、双眼鏡は十倍以下で、携帯電話、ポケベル、カセットラジオ、録音機も持ちこみ禁止。

 太極旗、星条旗のデザイン、マーク入りの帽子や服もだめだという。釜山出港時に太極旗だったマストの旗も、長箭入港時には白地に青で韓半島をかたどる「韓半島旗」に変わっていた。


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バスで移動中、写真撮影禁止

 バスで移動中の写真撮影は一切禁止だ。北韓の一般住民と接する機会はない。観光地への往復のバスの車窓から、道路沿いの金網とフェンス越しに、遠くに農作業をする人や農道あるいは土手の上を歩く人々を見つけ、笑顔で手を振ることができるぐらいである。

 バスを降りて観光途中、主な見所や休憩地点、休憩所に2人一組でいる北韓の「環境保護巡察員」(監視員)との簡単な会話はかまわない。しかし、インタビューのようにその場で会話のメモを取ったり、政治的な話を持ちかけてはならない。

 このような厳しい規制も山歩きと観光を楽しむ分には、まったく気にならない。変化に富んだ山容や岩、エメラルド色の沼、大小の滝、透明な流れにせせらぎの音。うすクリーム色の岩肌に青い松と紅葉の始まった樹々。美しい自然のなかに身を置き、澄んだ空気を体いっぱいに吸い込みながらのハイキングは爽快このうえない。


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元気なガイド、忠実な監視員

 若い韓国人ガイド(観光客一組30人前後に一人ずつ付く。いずれも20代前半の男女。現代派遣社員)を先頭に、後は各自がマイペースで目的地を目指す。中高年の観光客が多いなかで、きびきびとしたガイドの行動は、見ていても気持ちいい。

 九龍滝コースでは、監視員の多くが女性であった。環境の保護が主任務だという。現代グループは、自然環境を保護・重視する開発を約束している。ゴミはすべて持ち帰りで、タバコはは決められた場所でしか吸えない。監視員の話では、それでもゴミを捨てていく人がいるという。

 北韓発行の金剛山観光案内や写真集を見ると、多数の北韓の観光客が透明な流れに手をいれてほほえんでいたり、靴を手に持ち滝壺のすぐ下に立っている。現代グループに開発・利用独占権が与えられる数年前に北韓修学旅行として金剛山を訪れた東京の朝鮮高校生は、冷たい流れに「何人もが足まで入れて楽しんだ」という。

 しかし、今は、滝壺に近付くことはもとより、歩道からはずれてせせらぎに手を入れることまで禁じられているようだ。観光客の一人が、足場のしっかりした広い岩場から浅い流れにちょっと手を入れたところ、監視員にとがめられた。このためガイドが監視員に「手を入れるぐらいかまぬではないか」とやり返す場面もあった。

 韓国からの観光客は、この2年間で約三十万人になる。特に今年6月の南北首脳会談以降、急増しているという。連日、2000人近くが数十台ものシャトルバスで三つのコースをめぐる。かつてなかったことであり、環境への悪影響を心配する声も聞かれた。


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大規模観光と環境への影響

 九龍滝コースの途中、数カ所で足下の岩に人名が彫られているのに気づいた。歩道に埋まりつつあるものも。先人たち(財力や権力を有する)が、金剛山訪問記念、還暦祝いや、子孫の長命を願い、石工に彫らせたものだという。これらは、半ば自然と一体化し、注意しなければ分からない。

 気になるのは、眺望のよい目に付きやすい場所、大きな岩や岸壁の高い位置に、スローガンやその由来などが大きく彫られていることだ。「金正日同志万歳!」「主体思想万歳!」「わが国社会主義制度万歳!」「志遠」など、何カ所もある。金日成主席一族関連の碑も。いずれも南北分断後に刻まれたもの。この作業のために、何人もが高いところから落ちて死んだとの話も伝わっている。

 われわれには、自然破壊・環境破壊としか思えないのだが、北韓側では「金剛山写真集」や在日同胞向け「朝鮮画報」などで、誇らしげに数ページ割いて紹介していたものだ。今後多数の参加を期待している外国からの観光客は、これを見てその意味を知ったとき、どう受け取るだろうか。あらためて考えてしまった。


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北側からの金剛山観光中止

 コースの途中の、特に見晴らしのよい所には、休憩所があったり、一息入れる場所がある。そこに立つ監視員らは、顔見知りの韓国人ガイドとにこやかに談笑し、女性同士の場合は手を握り合って話す姿も(男女とも北韓監視員の方が年長に見える)。観光客や記者たちの質問にも快く応じ、景色をバックに記念写真を頼めばシャッターを押してくれる。

 「北側(北韓といったところ「北側」だといいなおされた)の観光者と途中で会わないが、もう北側の人は金剛山を観光できないのか」。記者の質問に女性監視員は「金剛山には観光コースが沢山ある。南側(韓国人)向けのコースは三つだけだ。南側の人たちに不便を与えないようにこのコースには(北側観光客が)いないにすぎない。沢山あるほかのコースで、私たちたちはしている」との説明だった。

 翌日、他の場所で別の監視員(男)に同じ質問を繰り返した。返答は「金剛山は将軍様(金正日国防委員長)の指示で南側に全面的に開放された。北側の人は観光していない」というものだった。

 東京に戻り、知人の朝鮮総連活動家に聞いてみたところ、「北側からは、もう金剛山観光は行われていない」という。念のために北韓国際旅行社の日本総代理店である「中外旅行社」(東京・上野)に確かめると、やはり「北側からの金剛山観光は数年前に中止」されている。現代グループが独占権を持っているためだ。

 金剛山は、北韓の地にありながら「朝鮮籍」同胞には閉ざされ、韓国籍同胞には観光が奨励されるという、奇妙な結果になった。

つづく

(2000.10.11 民団新聞)



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