民団新聞 MINDAN
在日本大韓民国民団 民団新聞バックナンバー
21世紀の民族教育を見つめて

民族学校の現場から<19>



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私のアイデンティティー
白佳世子(金剛学園小・教諭)

 私は、金剛学園小学校に勤務して4年目になります。教職現場を離れて13年もの歳月が流れていたため、初めの1年間は、かなり大変でした。

 私が最初に教職生活を送ったのは、日本の公立小学校でした。と言っても、身分は講師というものでしたが。当時の私は、在日韓国人として日本の学校で教師になることに使命観を感じていました。

 在日2世として日本で生まれ、大学までを日本の学校で過ごした私にとって、家庭以外で韓国に触れる機会は全くありませんでした。名前も通名を使っていました。当然、韓国人であることを決して自分から言うこともありませんでした。

 しかし、大学生時代の一つの出来事をきっかけに、自分の生き方を真剣に考えるようになり、また、自分のアイデンティティーについても模索するようになりました。

 一人の人間として、しっかり立って歩くには、まず、「日本で生まれた韓国人である自分をどう受け止めるべきか」ということからクリアーしなければなりませんでした。

 悶々とした時間が流れたあと、それまで使っていた日本名を韓国名にかえることにしました。日本で肩肘張らず、韓国人として当たり前に生きていける社会を作っていかなければならないと思いました。

 学生時代に、韓国人として堂々と生きる勇気を与えてくれる先生に出会えていたら、どんなに良かっただろうかと思いました。

 4年間、日本の学校で勤め、講師という身分の理不尽さに悩んでいた頃、韓国へ勉強に行けるチャンスが与えられ、いったん教職生活にピリオドを打ちました。

 希望と期待に夢ふくらませ、韓国へ行きましたが、そこにも厳しい現実が待っていました。しかし、韓国での生活を通し、私は自分が何者であるかを、より明確に確信できました。

 13年ぶりの職場復帰に民族学校という場が与えられました。毎日が、驚きの連続でした。子ども達のパワーとエネルギッシュさに感心するばかりでした。

 言われたら言い返す。叩かれたら、叩き返す。決して負けない不屈の精神。叱られても、へこたれない強靱さ。音楽の時間には、元気いっぱいの声。歌も上手。絵も躍動感に満ちあふれた豊かな感性。私が出張で出かけたりするときは、ちぎれんばかりに手を振ってくれる情の深さ。

 子ども達のたくましさに触れるとき、これはキムチパワーかなと思うことが一度や二度ではありません。

 民族学校としてのカラーが最も感じられるのは、運動会での小学生総動員による農楽です。これは、週に一度のチャングやソゴなどの民族楽器の練習の集大成ともいえるものです。旧正の行事もそうです。

 全員が色鮮やかな韓服に身を装い、校長先生に歳拝(セベ=新年の挨拶)をし、韓国伝統のノルティギやチェギチャギに1日を興じます。もちろん、クゴ(韓国語)学習も民族学校のカラーを表す最たるものです。このような日々の学校生活を通し、民族学校に通う子ども達に自然と韓国人としての誇りや自覚が育てられる環境が与えられています。

 未来を担う子ども達に民族教育以外に当然プラスアルファが必要です。

 語学力とコンピュータ操作能力を養うことは必至です。国際社会の中でも通用する人材を育成しなければならないからです。

 すでに、金剛学園では週1時間の英語の授業があり、コンピュータ授業も活発に実施され、小学校4年生以上の児童は各自がメールアドレスを持っています。つまり、民族教育プラス、時代に即応した内容が要求されるのです。本校も時代の波に乗り遅れることなく、奮闘しています。

 日本で生まれ育ち、在日韓国人としてどう生きるべきか悩み、韓国で学び、アイデンティティーを確立できた私の生きざまが、子ども達の教育に役立つことを願ってやみません。

(2001.02.21 民団新聞)



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