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在日へのメッセージ

「鄭承博文学」を読もう
石原 進(毎日新聞新潟支局長)



 鄭承博さんをご存知だろうか。1月に77歳の生涯を閉じた在日1世の作家である。

 流行作家というわけではなかった。しかし、代表作の「裸の捕虜」は1972年度の農民文学賞を受賞、芥川賞の候補作にもなったから、ファンは少なくないかもしれない。

 私が鄭さんと知り合ったのは、20年以上も前のことだ。淡路支局に勤務していた

時、淡路島でひときわ活発な文化活動をしていたのが、鄭さんだった。トレードマークのベレー帽をかぶり、道行く人と気軽に言葉を交わすその姿は、のどかな島の生活にすっかり溶け込んでいた。

 鄭さんは九歳の時、叔父を頼って一人で日本に渡った。日本が朝鮮半島を植民地支配していた時代だった。土木工事の現場を流浪し、町工場を転々とした鄭さんに限らず、在日一世は、苦難を背負って必死になって生きてきた。

 鄭さんは、自らの「みじめな過去」を作品として残した。その私小説は、鄭さんの半生を描くとともに、日本と日本人の「ゆがんだ過去」を映し出す。

 「裸の捕虜」では、朝鮮人であるために徴用逃れの脱走犯として、厳寒の新潟県十日町の捕虜収容所に送られた体験を書いた。「富田川」では、和歌山県の山奥にある工事現場の朝鮮人労働者の生活を再現した。「松葉売り」には、朝鮮半島の寒村が日本の支配で疲弊してゆく様が、松葉売りの少年の目を通して淡々と描かれている。

 鄭さんは「人生は悲喜こもごも」とよく口にした。作品にも暗い時代の人間の

「喜」がよく出てくる。だからすんなり読めるし、実に面白い。

 あるフリージャーナリストが「鄭承博さんの一連の小説を読むと、『教科書が教えない日本史』を知ることができる」と書いた。「教科書問題」が議論を呼んでいるが、鄭さんの作品はまさに血の通った歴史だ。

 「鄭承博著作集」(全六巻)をぜひ読んでもらいたい。発行所は新幹社(03・3221・9947)

(2001.03.21 民団新聞)



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