民団新聞 MINDAN
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在日韓国人意識調査・活動余録

朴和美(翻訳業)



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緊急課題としての「家族」

 私も調査委員として加わった『在日韓国人意識調査中間報告書』が今年3月に発行された。思い返してみると、「わが辞書に不可能という文字はない」とのたもうたナポレオンを彷彿させるような、ムリがそのまま通ってしまう強行スケジュールだった。

 こうした時間の制約ゆえに、中間報告書の内容には不満が残るものの、まずは発刊されたことを素直に喜びたい。そして一区切りついた現時点で、なぜ私が民団の意識調査プロジェクトに参加したのかをつらつら考え続けている。

 これまでの在日の実態調査においては、「差別」や「民族」をめぐる在日の意識のありようが調査の中心を占めていた。確かに日本で暮らす在日は、その「民族性」ゆえに「差別」の対象とされている現状がある以上、この二つが実態調査の中心になってきたのはうなずける。だが当然のことだが、「差別」と「民族」の視点だけで在日の実態が把握できるわけではない。

 私個人は、日本社会という在日にとっての「公的領域」とともに、家庭(あるいは家族)という「私的領域」も射程に入れていかないと、在日の「現在」を立体的に捉えていくことは難しいと考えている。

 3世と4世が主流になりつつある現在、「在日」というカテゴリーそのものが問われ始めているのではないだろうか。1世と3世の抱える悩みは、それぞれの時代背景を反映してかなり異なっているであろうし、在日の女と男では問題意識のもち方そのものが違っているのかもしれない。つまり「在日」という存在をかたまりとして自明視してしまうのではなく、在日内部の差異にももっときめ細かな注意が払われるべきなのだ。

 ところが残念ながら、これまでの実態調査や意識調査には、例えば世代間そして性差といった差異をていねいに見ていったものはほとんどないように思える。しかし、このことは調査にあたった人たちの力量不足といったような次元の問題ではなく、在日の歴史的・社会的な状況に関わる問題であるようだ。

 1世・2世の時代においては、なんといっても「生き延びる」ことが最優先課題となり、「差別」や「民族」といった大文字で表されるようなポリティックス(政治問題)に取り組まざるをえなかったのだ。だが、在日のありように大きな影響を与え続けてきた「冷戦」のレトリックが過去のものになりつつある現在、これまでとは違う発想が強く求められている。それは例えば小文字のポリティックス(権力関係)を考え始めることかもしれない。つまり、これまでのように日本社会と在日の間の権力構造だけを問題視するのではなく、家庭あるいは家族にはらまれた、世代間そして男女間の権力構造をも視野に入れ問題化していくことなのだ。

 在日家族をめぐっては、いくつかの通説や神話がある。例えば、日本社会の差別に立ち向かうために、在日は家族で助け合って生きざるをえず、「拡大家族」化する傾向が強い。また、儒教の影響を色濃く残す在日文化は、男尊女卑や男女有別といったジェンダー(性差による権力作用)の問題を多く抱えている。

 このジェンダーの問題の深刻さは、1世や2世の家族の原風景を描写するのに「荒れるアボジ」と「耐えるオモニ」といったモチーフが頻繁に使われてきたことからもうかがえる。つまりジェンダーをめぐる問題とは、日本の一部のフェミニストと称される人たちの専売特許などではなく、在日が緊急にどうしても取り組まなくてはならない大きな課題としてあるのだ。

 日本人に多くのファンをもつ柳美里や梁石日の作品の世界にも、日本社会と対峙するアボジの「暴力性」が家族を苦しめるといったテーマが描かれている。私自身、親類縁者あるいは在日の友人たちの抱える問題や悩みを見聞きしてきて、「家族」の存在を自明視せずに、在日家族を考えていく必要性を強く感じている。そのためには、私たちがあまりにも当たり前に受けとめてきた在日と家族の関係を、可能な限り突き放して、これまでとは全く違う視点で見ていく必要があるだろう。

 その作業の第一歩として、在日が現在どのような家族構成をもち、それぞれの家族成員がお互いをどのように感じているのかなどを調べる実態調査が急務になっている。

 今回の民団の調査は、その新しい一歩を踏み出そうとしている。正直言うと、私は(長老)男性中心の民団という組織にかなりの偏見と違和感を抱き続けてきた。ところが、その民団でさえ地球上に吹き荒れている「変革」の風を感じないわけにはいかなかったのだろう。そしてこの私は、変わろうという民団を傍観者として無責任に批判するのではなく、この調査に加わることで民団という組織を理解したいと思い始めている。

 通説と神話に彩られた在日のイメージに翻弄されるのではなく、実態調査による生のデータに基づいた、そして手あかにまみれていない在日のプロフィール(姿)を提供できたとしたら、私たち調査委員の仕事は成功したといえるだろう。

(2001.06.06 民団新聞)



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