民団新聞 MINDAN
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在日へのメッセージ

「秋刀魚とアジュンマ」
宇恵 一郎(読売新聞解説部次長)



 店はソウル・清進洞の裏道にある。すえた匂いを放つどぶに沿って間口1間半の小さな食堂だ。

 特派員時代、仕事を終えて遅い夕食を取りによく寄った。ブリにサワラにサンマ。店先で焼いて出してくれる。トングランテンという揚げ物と1本のドンドンジュがあればいうことはない。人懐っこいアジュンマとの会話で韓国語を覚え、街の話題を仕込んだ。この夏、出張で店を訪ねた。

 「アイゴォ、アジョシ、久しぶりだねぇ。会いたかったよぉ。どこほっつき歩いていたんだい」。アジュンマは、痛いほどの力で抱きついた。

 出発前、日本のテレビは、教科書問題に靖国問題で怒れるソウルを繰り返し映し出していた。抗議デモ、指を切り落とす男たちの映像…。少々の緊張感を持ってソウルの街に立ったが、タクシー運転手からバーのママ、久しぶりの若い友人たちも以前と変わりない。

 「何にする」「クルセー…コンチ(サンマ)あるか」「コンチはちょっと切らしててねぇ」

 日本の三陸沖での韓国船への漁獲割り当てが減ってサンマは上がらないという。北方領沖のロシアと韓国のサンマ漁密約問題はご存知の通り。日本ではこの夏、サンマの水揚げは順調すぎて価格は低迷。ならば、理屈は止めにして、ソウルでも美味いサンマが食えてもいいではないか。

 「日本がいやになったらいつでもおいで」。名残惜しそうなアジュンマの声に見送られて店を出た。

 「南クリル(千島)沖でのサンマが釜山に水揚げされました」。ニュースが流れたのはそれから程なくのことだった。

 アジュンマ、店にサンマは並んでいるか。


(2001.09.12 民団新聞)



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