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在日へのメッセージ

「月光の夏」と「ホタル」
藤原 史朗(全朝教代表)



 9月11日午前、アメリカで起きたハイジャック機「特攻」による同時テロで数千人の死者。痛ましい限りだ。死者への哀悼の意を表したい。ただ気になるのが、テロ側とアメリカ側双方に冷戦体制以降、消えていた「聖戦」思想が噴き始めていることだ。何故こうなったかが、最大の問題なのに。

 90年代前半、映画『月光の夏』の自主上映運動があった。特攻出撃前、音楽専攻の学徒2人が小学校のピアノで子らを前にベートーヴェンの「月光」を弾いて去った。一人は戦死、一人は搭乗機不調で戻った。彼はその戦死した友の妹を妻とし、寡黙に戦後を生きたが、長い沈黙を破り修復された古いピアノを弾く。静かな反戦の音楽劇だ。

 しかし、間違えば戦争の美化に悪用されかねないのである。

 今年「特攻」を描いた新たな映画『ホタル』が封切りされた。特攻を命じられた3人のうち、日本人の2人は生き残り、戦死したのは朝鮮人の「金山」少尉(実在の「光山」がモデル)だった。戦後、救助隊を生業として生きた一人は、昭和天皇没後間もなく遭難者のいない雪原で自死。もう一人は少尉の許嫁を妻に漁師になって生き、癌で余命わずかとなった彼女を連れ、少尉の遺言と遺品を韓国の親元に届けに行く。張りつめた出会い。これを溶かすのは、少尉の叔母が甥の元許嫁に差し伸べる老いた手だ。

 『ホタル』は「特攻」の美化と戦争の正当化を拒む。日本人だけのお手盛りの戦争総括ではない。

 ならば、生き残りの2人の戦後を常に規定した「金山」少尉の存在が、画面に濃く描かれなければならない。


(2001.09.19 民団新聞)



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