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世界4強≠ノ惜しみない声援

W杯準決勝・胸張り「よくやった」



国立競技場で5000人応援
3位期待の声続々

 アジア初の4強≠フ興奮も醒めやらぬ中、韓国の決勝戦進出を応援しようと、民団を中心として首都圏に住む民団団員はじめ東京韓学生徒、本国商社マン家族、留学生ら5000人が国立競技場に集まって、「カジャ、ヨコハマ(行こう、横浜へ)」の熱い声援を送った。

 駆けつけたほとんどの人たちが赤いTシャツや韓国チームのユニホームを身にまとい、スタンドは赤一色。国立競技場の巨大スクリーン(18b×7b)に韓国選手団が映し出されると、スタンドの一角を占めた赤いサポーター≠スちからワッと歓声があがり、雨を突いて「テーハンミングッ(大韓民国)」の大声援が始まった。

 韓国のチャンスやドイツの攻撃を防ぐたびに、会場からプク(太鼓)やケンガリ(鐘)が鳴り響くなど、5000人の大応援が続いた。

 後半、ドイツの先制点の後も、「必ず逆転する」と最後まで応援を緩めることはなかった。試合終了のホイッスルに、落胆のため息はでたものの、アジア初の4強に胸を張り、29日の3位決定戦に向けて声を合わせた。

 一家4人で駆けつけた東京の墨田区の李成琥さん・鄭蓮玉さん夫妻は、「残念ながら負けたけど世界の4強は、素晴らしいこと」と手放しで韓国の活躍を喜んだ。

 友人とスクリーンに食い入るように見つめていた金m輝さん(18)=学生=は「よく頑張った。4年後にドイツで開催されるワールドカップで優勝してほしい」と、また崔順恵さん(53)も「残念でショックだったけれど、今日までこられたのはたいしたもの。これからも韓国チームの活躍に期待したい」と期待を寄せた。

 金紅さん(27)=東京、学生=は「試合には負けたけど、悔しいとは思わない。結果は二の次。選手たちは一生懸命やったんだし。それになにより韓国国民が応援を通して一丸となれたのが素晴らしい」と国民一丸の応援を喜んだ。


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アジアの力示してくれた=@日本サポーターも韓国称賛

 一方、会場には同胞ばかりでなく、赤いTシャツ姿の日本市民も相当数駆けつけ、韓国に声援を送った。中には、日本代表のユニホームを着て「テーハンミングッ」の応援を繰り広げた青年の姿も見られ、ワールドカップ韓日共催の意義を印象づけた。

 山田智さん(57)=東京、会社員=優勝候補のドイツを相手に1―0ですよ。よくぞここまでと思う。試合内容もよかったし、日本の代わりにアジアの国としてよくぞ頑張ってくれた。まだ3位決定戦がある。最後まで応援したい。

 岡島貴弘さん=東京、ふれあいKJクラブ=韓国はアジアの代表としてよくここまで頑張った。日本は決勝トーナメントで負けたけど、韓国はアジア勢の力強さを世界にアピールしてくれた。このことがなによりうれしい。

 狐塚由喜子さん(27)=東京、会社員=いい試合でした。韓国はドイツより休養期間が短くて条件は不利なのに、体力の限界までみんなよく頑張った。いまの気持ちはここまできて満足というより、びっくりしたというか、驚きのほうが大きいくらい。

 小林和彦さん(28)=NGO職員=せっかくここまで来たので横浜でやってもらいたかった。でも今日の試合は互角に戦った。ぜひ、これからも応援したい。


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声揃え「大韓民国」 各地民団でも大声援

■愛知は600人

 【愛知】民団愛知県本部(崔東佑団長)でも、愛知韓国人会館5階ホールに大スクリーンを設置し、応援会場として開放した。

 韓国を応援しようと同胞や日本市民ら600余人が会場を埋めた。急きょ韓国から200枚の「Be・The・Reds!」の赤い応援Tシャツのおかげで、会場はソウル市長前さながらの赤一色。立ち見であふれる会場で、同胞と日本市民が共に熱い応援を繰り広げた。

 この他、各地民団の本部や支部でも、会館などを利用して応援会が開かれるた。

■生野に450人

 【大阪】決勝進出をかけたドイツ戦。民団生野4支部では、大阪市生野区の新今里公園に大型スクリーンを設置し、団員や地域住民に応援会場を開放した。

 小雨降りしきる中、民団生野4支部の在日同胞、地域住民ら450余人が集結し、一致団結して「テーハンミングッ(大韓民国)」の大合唱とともに熱い応援を繰り広げた。

 前半、ドイツのシュートボールを韓国が阻止するたび「うぉー!」と大歓声があがりプク、ケンガリが鳴り響いた。後半9分安貞桓選手が登場するや、「アンジョンファン」コールが響きわたり、応援もヒートアップ。後半30分ドイツに先制されるも、最後までドイツのキーパーを脅かしたねばりの韓国に、公園内は拍手の嵐がこだました。

 高校3年の高由美さんは「負けてくやしいけどよく頑張ったと思う。アジア初の4強入りは民族の快挙」と誇らしげに話した。また安貞子さんは「あともう少しだったのに。でも夢を与えてくれてありがとう」と胸を熱くした。

(2002.06.26 民団新聞)



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