崔洋一監督の新作「犬、走る」が、二十六日から東京・渋谷のシネ・アミューズで公開される。新宿・歌舞伎町を舞台に、裏社会で必死に生きる在日韓国人らアジア系住民にスポットをあてた。日本で根を張るため必死に生きるその姿は、こっけいでいて、どこかもの悲しい。優等生的ではない生身としての「在日」の姿がここにはある。
| 崔洋一監督 |
生身の「在日」えぐる
自己主張の強いイデオロギッシュな韓国人ヤクザ組長の権田と、いいかげんな韓国人情報屋の秀吉。この二人の嘘っぽい友情を縦軸に、ヤクザに情報を流して金を受け取りながらも犯罪者を追いかける不良刑事・中山。この三人の人間関係に、麻薬、売春、賭博、不法滞在、密入国といった犯罪の陰で暗躍する上海マフィアが横軸としてからみあう。
故松田優作が映画化を夢見た十八年前の伝説のシナリオ「ドッグ・レース」を土台に、崔監督と脚本担当の鄭義信さんがニューカマーとオールドカマーの相克する現実の歌舞伎町の姿を盛り込み、全面的に書きなおした。
痛快、爽快なアクション映画としての企画の面白さはそのままに、すぐれて今日的な問題を提起した。ただのコピーではないまぎれもない崔監督自身の物語となっている。
崔監督は「現在の新宿でゴロゴロしている連中を無作為に抽出したら、悪おまわりがいて、情けない韓国人のたれこみがいて、中国人がからんできて。自分が生きることに必死になっている人はおもしろい。愉快で悲しい。共感を覚えますね」と話す。
梁石日さんの原作をもとにした「月はどっちに出ている」同様、ここでも在日韓国人の実像が崔監督なりの視点で描かれている。底辺で必死に生きている姿がそれだ。
喜劇仕立てでありながら笑うには笑えない。あまりにもリアルに描かれているからだ。
在日韓国人が六十万人いるとすれば、その生きざまは多種多様。みんながみんな仲がいいというわけではない。
どちらかというといがみあっている。あたりまえといえばあたりまえだ。「こうした人間関係そのものに愛を込めた。嘘っぽい友情、薄い愛情だが、ひと皮むけば赤い血が流れている。うそっぽいけれど絆が強い」。
崔監督はこれを、「アジア的生産様式」と呼んでいる。「まず、血縁、血脈ありき。小さな共同体を形成している。そこで生産されるものは拡張再生産につながるものが多い。同時にアジア全体を持ち上げてきた経済という問題がある。近代がアジアに持ち込んだ文明だと思う。文明の享楽に身をゆだねつつ、真っ向反対の自分たちもいるという矛盾をかかえている。アジアに生きる我々自身の精神だと思う」。
| 「犬、走る」のクライマックスシーン |
脚本づくりに一年半。非合法社会に生きる人たちを様々な形で取材した。現実の姿を水増ししているが、決して誇張はしていないという。歌舞伎町にどっしり腰をおろし、一気呵成(かせい)に撮影を終えた。スピーディーなストーリー運びと全編を彩るみだらさは時間がたつのを忘れさせる。特にクライマックスで演じられる追跡シーンは圧巻だ。
配給はシネカノン。九月二十六日、シネ・アミューズでの先行ロードショーの後、十月からは名古屋・ピカデリー4、大阪・シネマアルゴ梅田など全国二十一館で順次、上映される。
(1998.9.16 民団新聞)
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