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ミスコリア・在日代表選抜大会

4月16日に代表決定・その歴史を振り返る



民団が最後に主催した86年のミス在日同胞選抜大会

 在日同胞一の美女を選ぶ、「ミスコリア・日本代表選抜大会」が四月十六日に東京で開かれる。民団が主催するのは一九八六年の「創団四十周年事業」の一環として、名古屋で開かれて以来だ。十三年ぶりの華麗な美女たちの祭典を控え、その歴史などをふりかえってみたい。


■美女の呼称は儒教の伝統で

 韓国のミス・コリア選抜大会は韓国日報社と太平洋化粧品の共催で一九五八年から始まった。今年で四十一回目を迎える。

 当初は一位の美女を「ミス・コリア」と称し、次点を「準ミス」として二人〜三人を選んだ。

 しかし、六四年からは一位は「真」、二位「善」、三位「美」と呼ばれ、以下、四位は「貞」、五位「淑」、六位「賢」と改称した。これは儒教で女性の美しさを表した意味だ。いかにも韓国が儒教の国であるかを表している。

 ミスコリアに選ばれた美女たちはそのまま、世界一の美女を選ぶ「ミス・インターナショナル」や「ミス・ワールド」「ミス・ユニバース」などに出場することになっている。


■在日選抜大会は70年から開催

 一方、民団がミス・コリア日本代表選抜大会を開催したのは一九七〇年から。「ミス・在日同胞選抜大会」との名称で第一回大会を開催。その後八三年まで十四回連続で毎年開催した。

 特に第一回大会で一位「真」に選ばれた卞仁子さん(当時十八歳・大阪)が韓国での本選でも三位「美」に選ばれる栄光に輝いたほか、七三年の第四回大会で「真」となった金梅子さん(当時二十一歳・埼玉)が本選で二位の「善」に選ばれ、後に歌手として韓国芸能界入りし、日本でも「五代マリ」の芸名で歌手デビューした。


■民団のイメージガールとして

 民団が八六年以降ミスコンテストを見合わせていたのはいくつかの理由があった。

 「ミス・コン」を開くより、民族教育やその他の主要運動に全力をと、事業の意義付けや財政的な事情もあった。また、ここ数年日本や各国でも女性団体などから高まっている「ミスコン」の是非を問う声があったからだ。

 しかし、韓国では「美人」を選ぶことは国家的な事業であり、選ばれた美女たちにとっては「大統領」か「女王」以上の最高の名誉となっている。

 そして最近、「本国からも最も近くに住む在日同胞代表を是非とも出場させてほしい」との強い要請があったからだ。

 民団のミスコンでは他のミスコンでもありがちなプロポーションや容姿だけを選ぶものでなく、(1)民族素養(2)優雅さ(3)人柄(4)明るさ(5)知性―などを審査基準に行われる。

 今大会から朝鮮籍同胞も参加できることになったのも大きな特徴だ。

 選ばれた美女たちは五月にソウルで行われる本選大会に出場する他、民団の「イメージガール」として内外の行事に参加する予定だ。

(1999.03.10 民団新聞)



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