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「在日」ネットワークで北送同胞救え



 その年老いたオモニは北韓で不遇の死をとげた娘を思い、集まった人たちの前で「岸壁の母」を歌い始めた。娘は「地上の楽園」という美辞麗句で固められた「帰国(北送)事業」で北韓に渡り、それ以来一度も家族の待つ日本に里帰りすることもなく、とある日に永遠に消息を絶ったという。

 オモニは帰国時に持たせた日本製のラジオが、スパイ容疑をでっちあげる材料にされたと風の便りに聞いた。それでも娘の死を直接確認できぬオモニは、幼い頃の記憶のまま時間が止まっている娘に一縷の思いを込めて「もしやもしや…」と歌った。参加者の談笑が一瞬とぎれた。「北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会」結成五周年の会場での出来事である。

 今年は在日同胞が「社会主義」を標榜する祖国の北半分に人質に取られて四十年という節目の年だ。この間、約十万人もの「帰国者」は、一部の朝鮮総連幹部に連なる者を除き、ある者は強制収容所に送られ、ある者は行方不明、またある者は「見ざる、聞かざる、言わざる」の非人間的な状態に貶められている。それが在日同胞社会では公然の事実になっているからこそ、北送船に乗る同胞は皆無になっているのだ。

 にもかかわらず、北送同胞を受け入れた北韓は、在日同胞の生命と安全、人権をつゆにも考えずに放置してきた。また、その北韓を支持し、在日同胞を結果的に甘言で騙して送り出した朝鮮総連も自らの歴史的な責任を放棄している。北送同胞の悲劇について、組織として一言半句謝罪したこともない。悲劇は何も朝鮮総連に属す同胞だけではなく、民団の同胞の親類縁者にも北に渡った同胞がいるのだ。

 八〇年代初頭まで秘密のベールに包まれてきた首領様の国は、国名に「民主主義」や「人民共和」を掲げながら、世襲で政権を奪取した金正日がこの瞬間も「帰国者」を弾圧し、国民を餓死に追い込んでいる。

 不審船を日本に差し向けた北韓という国の実態を直視しよう。ひたすら軍事国家の道を走り続ける北韓は、まさに人権思想とは対極にある国づくりに没頭している。万一、北韓で有事が勃発したら、真っ先に実害をこうむるのはもともと北韓に地縁、血縁のない北送同胞だと言っても過言ではない。北送一世はすでに高齢の域に達している。時間はあまり残されていないのだ。


■未来を共有する在日同胞として

 これ以上、北送同胞を見殺しにする北韓の国家的犯罪と狂気の為政者集団に追従する朝鮮総連の一部幹部の所業を許してはならない。

 私たち在日同胞は韓国民団と朝鮮総連に二分され、日本の中にも三十八度線を敷いて祖国の代理戦争に組み込まれてきた不幸な歴史を持つ。

 しかし、今や日本生まれの世代が同胞全体の九割を超え、年間七千人近くのいわゆる総連同胞が韓国籍を取得している現在、総連同胞=北韓支持者という単純な図式は当てはまらない。朝鮮籍とは外国人登録法上では国籍を表すのではなく、記号として認識されているからである。

 私たちは在日同胞は、民団にせよ総連にせよ在日にいたる歴史的背景と今日の居住実態には変わるところがない。そして、今後も日本で生きていく。二・三世以降の在日同胞が在日同胞史を振り返った時に、北送同胞について何らの関心も払わず、具体的な支援もなかったとしたら何と弁明できるだろうか。今を生きる当事者として禍根を残さないために、総連同胞ともども在日同胞のネットワークで北送同胞の支援に一歩を踏み出そうではないか。

(1999.04.21 民団新聞)



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