民団新聞 MINDAN
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或る夜の出来事



 記録的な大雨で道路が水没し、全ての公共交通機関がストップした、ある小国での深夜のことだ。タクシーも掴まらず、仕方なくとぼとぼと歩き出した。と、横殴りの土砂降りが瞬時に傘を二つ折りにし、コートが絞れる程のずぶ濡れになった。

 もはや雨宿りの次元ではなく、緊急避難だ!と思った矢先、妖しげなネオン看板が目に飛び込んで来た。何語だろう?と思ったものの、這々の体で扉を開けていた。中は程々の広さで、赤々とした炎が壁際で燃えている。驟雨で冷えた体には何よりのものだった。

 だが満席であり、様々な髪の色や肌の色でごった返している。聞こえるのも耳慣れない言葉ばかりだ。この土地では私は異邦人なのだと再認識させられた半面、外に戻るわけにも行かず途方に暮れた。

 と、奥の数人が席を詰めながら手招きしている。お礼の言葉が判らず、目礼で応え、空けられた切り株に腰を下ろした。隣と同じ琥珀の飲物を碧眼の店員に身振りで頼むと誰かが「困った時はお互い様さ」と呟いた気がした。

 その後、ごく短い英単語を交わしながら彼らの中に自然と溶け込み、杯を合わせては笑いあった。会話が成立するはずはない。なのにコミュニケーションがとれるのだ。不思議な感覚だったが体が温まるのに比して気分が華やぎ、長く探していた本来の住みかを、異国で見つけた様な気分に心が高揚していた。

 その内に私は眠ってしまったらしい。目覚めると着衣のまま宿のベッドにいた。紙幣が減ってないので、支払をしなかったのではと心配になり、昨夜の道順を逆戻りしてみた。ところが、あの店がどこにも見当たらないのだ。

 EREHWONという名の無国籍な雰囲気の変わったパブだったのだが…。(S)

(1999.09.22 民団新聞)



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